「天秤の行方」外伝:【入院小景】
その日は季節の遅れがちなこの地域には珍しく、本格的な春の陽気でとても暖かかった。 うまく許可をとりつけた哲平は、恭介の車椅子を押して、病院内でもあまり知られていない場所にある中庭に出た。小さなスペースだが 日あたりも良く、手入れされた花壇も並んでいて春らしい花が咲きそろっている。 「へえ、こんな所があったんだ」 「長期入院のコドモらの為に作った場所なんやて。今は、そっちはお昼寝の時間やから。誰もおらんし丁度ええやろ」 都合上、今の恭介は他の人が大勢いる所へは出られない。リハビリ室へも一般とは別の時間帯に通っているくらいだ。また、体調に よっては病室で横になったきりのことも多い。 そんな事情を気遣ってくれた相棒に、恭介は笑顔で応えた。 「そうだな。そろそろ窓の景色も見飽きてたし。――ありがとう、哲平」 礼を言われた哲平の表情も緩む。 「でも、お前こんな場所よく知ってたな。 ・・・実はナースさんとの待ち合わせ場所とかに使ってたんじゃないのか?」 「ああっ、ひどいわ恭ちゃんー!! オレの純粋な誠意を信じてくれへんの〜!?」 久し振りにそんな調子で冗談を交わしながら、ささやかな散策を楽しむ。 しばらくして、病室に帰る前にと、壁際に置かれた小さなベンチで休憩をとった。 穏やかな午後の光の中で、しかし恭介は目の前の風景ではなく、別の何処かに見入っているような表情をしていた。 膝の上に置かれた手は、多分無意識に、最近身につけている小さな布製の巾着袋の紐を指先でもてあそんでいる。 それを黙って見守っていた哲平は低い声でひとこと問いかけた。 「・・・悪い夢でも見たんか?」 声をかけられて想いの中から視線を引き戻した恭介は、傍らの相棒を見て苦笑した。 「・・・うん、まぁ。悪い夢――だな」 「そぉいうんは人に話して消してしもたほうがええって云うぞ」 「うん・・・・・・」 けれども、恭介はすぐにその先を続けようとはしなかった。 「どうした?」 哲平が促すと、少し困ったような、相手の表情をはかっているような、そんな目付きが返ってくる。 「――話しても怒らないか?」 意外な答えに哲平は目を大きくした。 「なんや、恭ちゃん夢ん中でオレに悪さでも仕掛けたんか?」 しかし、恭介はその軽口には応えないで視線を逸らし、どこか自分に言い聞かせるような声で呟いた。 「夢の話だからな・・・」 こないだ熱を出した時に、たくさん夢を見たって言ったろ? ほとんど忘れちゃったけど、幾つか覚えてるのがあってさ。 これもその一つだよ。 ――時間はずっと戻って、あの事故の日から始まるんだ。 そこでの俺は事故の現場に間に合わなくて。・・・誰も、助けられなかったんだ。 それで代わりに救急車に怪我した人を乗せるのを手伝って、ついでに一緒に連れてかれた病院で自分も知らないうちについた傷の手当て してもらったりしてさ。変なとこリアルなんだよな。遅くなって、うっかりそのままの格好で事務所に帰ったら、運んだ怪我人の血がコートに ついたままだったんで京香さんがびっくりして。事情を説明しながら怒られたりとか。 で、そのあと数日経った晩から体調が悪くなって。すごく高い熱出すんだ。 朝になっても起きられなくて、お前が様子見に来てくれてさ。触ったらめちゃくちゃ熱いんでびっくりして、京香さん呼んで、その後 救急車で病院に運ばれたんだ。 入院して、なんとか熱は下がったんだけど、今度はどんどん身体が弱ってって。原因がわからないんだ。それでお前とか成美さんとか さんざん怒ってたし、所長やご隠居は難しい顔してるし。医者だって困ってたけど。 それで、な・・・ 怒るなよ? 夢の話だからな? ほんの何日かで、俺死んじゃうんだ。入院の最初からほとんど意識がなかったから、みんなとも何も話ができないままでさ。 ほら、自分の葬式の夢見るっていうだろ。あんな感じのこと云うのかなぁ。テレビか映画でも見るみたいにその場の様子を眺めてた。 それを見てる“自分”がどこにいるかは、夢だから曖昧なんだけど。 ・・・・・・・・・あんまり、みんなのああいう顔は見たくないし。現実にならないようにしなきゃな。 ああ、それでさ、結局原因不明だから、医者が病理解剖の話持ち出そうとするんだよ。ご隠居と所長が急いで医者の口抑えて、 別の場所に連れ出してった。ほら、成美さんの前でそんな話する訳にいかないから。 解剖には遺族の許可が必要だろ。所長はこの病気が本物か疑ってたし、原因を知りたいのは確かだったけど。うちの事情もあるし、な。 ご隠居もその辺のこと全部わかってて渋い顔してた。とりあえずその話は保留になって、場所が霊安室に移るんだ。 ・・・成美さんは俺から離れようとしなくて。夜になってもずっと側に座ったきりだった。京香さんも見かねて近くに付いててくれたけど、 一緒の部屋には居られなくて。 それでさ。ここで事件が起こるんだよ。その晩、病院が火事になるんだ。 京香さんはちょうど外へ電話かけに行ってて、気が付いた時はもう火が回って中に入れなかった。 煙に巻かれても逃げようとしなかった成美さんは倒れちゃうんだけど、正体不明の誰かが助けてくれるんだ。 残った俺はっていうと、火事のあと行方不明になってた。遺体が行方不明っていうとおかしいけど、まぁ見つからなかったんだよ。 そもそも火事の原因にも不自然なところがあったし、建物が崩れるほど被害が出たわけでもない。その上、死因に不審なところが あった遺体がなくなってるときたら・・・ そりゃあ怪しいだろう? 警察や消防は、それでも、もう死んでたのは確かなんだからって捜索には消極的だったけど。所長やお前が黙ってる訳なくてさ。 『絶対裏がある』って調査に乗り出そうとしてるところで。 ――そこで、目が覚めたんだ。 「ふーん・・・」 話を聞き終わった哲平は半眼になっていた。 「名探偵は見る夢まで事件仕立て、か。 ・・・しかし縁起でもあらへん話やな」 「だから、夢だよ」 「当たり前や。んなもん現実でたまるかい」 恭介はちらっと相棒の表情を横目でうかがって溜息をついた。 「・・・やっぱり怒ってる」 「お前もわかっとるんやろ? ひとつ間違えばそぉいう目も出とったんやて」 「ただの夢だってば」 「夢でまでお前を苦しめとるんや。オレは赦さんで」 きっぱり言って哲平は立ち上がった。 「哲平・・・」 困りきった顔で見上げる相棒に、哲平は言い渡した。 「話してくれて良かったわ。そんなんお前ひとりの胸に抱えさせておれへんからな。恭ちゃん、その話はもう忘れてええで。 悪夢払いはこれで終いや。あとはオレが引き受けたる」 「・・・なんか別の心配事増やしちゃったような気がする・・・」 ぼやく恭介を再び車椅子に座らせてその後ろに立つと、哲平は病室に向かって歩き出した。 「なんかめちゃくちゃ腹立つなー。あ、恭ちゃん、その袋貸して」 「いいけど・・・ 何するんだ?」 「“お守り”もっと増やしとくわ。これ以上ヘンなもんがお前に近付かんように」 「虫避けかなんかと間違えてないか、それ・・・」 妙な方向でテンションの上がった哲平と、それを宥めようとする恭介の会話は、部屋に戻るまで続いたのだった。 【了】 |
★コメント :ここでは「恭介の見た夢」ということになっていますが、この話は「天秤」のバッドエンドの一つになります。 「第一話で恭介が交通事故に巻き込まれなかった場合」の if で、所長達にとっては多分一番手がかりが掴みにくい 状況でしょう。メッセージが送られてくることもありませんしね。 「月」をご存知の方は、条件違いのパターンがご覧になれるんでまた一興かと。 ところで此処がどこの病院かとか、いつの話かとか、「入院小話」って何だとか ―― その他いろいろ不明な点は、 まぁ、その、いずれ。きっとわかる日が来ますから。とか(・・・おい) |
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