日が暮れた。
 とおば東通りの店々にも灯りがともりだす。
「――見習い? 今日はまだ来てないよ。そういえば昨日も見てないけど。昨日の昼間?
 ちょっと待ってね。・・・・・・昨日の昼はね、ランチ食べてったって店長が言ってるよ。お金
 ないからって、ランチ券使ったんだって」
(う・・・ 不憫な恭ちゃん)
「奈々ちゃん、サンキュ。もし恭ちゃん見かけたら、電話くれって言っといてくれへんか」
「うん、わかったー」
 奈々子は元気よく返事をして、踵を返しかけた哲平を呼び止めた。
「あれ、哲平ちゃんもう行っちゃうの? 新しいドリンク入ったんだよ。飲んでいかない? どんな
 味か感想聞きたいんだけどなー。『しるこ風ココアのクリーム増量』とかいうやつ」
「い、今忙しいからまた今度なっっ!」
 片手を上げて挨拶し、哲平は慌ててサイバリアを出た。・・・危ないところだった。
(けど、やっぱり昨日の昼までか)
 今日はいろいろ聞いて歩いたが、それ以降このあたりで恭介を見かけたという話は聞けなかった。
昨日の午後、調査で隣町に出かけてから戻って来た様子が全くないということになる。
(あとは・・・)
 昼間のうちにタカに電話して、この後ハードラックで落ち合うことにしてある。それに恵美が来て
いれば何か聞けるかも知れない。
 ・・・絶対、いるような気がする。
(めっちゃ嫌やけど、この際そんな事言うてられへんし)
 一応、心の準備をしておこうと思いながら天狗橋を渡って枕ヶ崎へ向かう。
 途中遠羽署の方を見ると、何やら人の出入りがあって忙しそうだった。その中に知った顔も
見当たらないし、自分のような者にはもとから肩身が狭い場所なので、早々に通り過ぎる。
(・・・・・・・・・)
 連絡が途絶えてからそろそろ丸一日だ。
 相変わらず電話は繋がらず、メールも返ってこない。普段の相棒ならまず考えられない事だった。
 自分の表情がかたくなっていくのがわかったが、ハードラックの前まで来て、意識して気分を
切り替えた。
 普段通りに店の扉を開ける・・・・・・。
「うーっすー」
「よう、テッペー! お待ちかねだぜ!!」
 サミーがいつもの陽気な大声で出迎え、親指を立ててみせる。
 テーブル席には既にタカが待っていて、こちらに軽く頭を下げてみせた。そして、カウンターには――
(・・・・・・ おるし)
例によって、定位置に恵美が腰掛けていた。
「来たわねー、小猿ーぅ」
「うるさいわい。サミー、酒」
 わざとカウンターの反対側の端に寄ってグラスを受け取り、まずタカの傍へ行く。
「どうもッス」
「・・・おう、どないや」
 哲平が促すのに、タカは顔を曇らせて答えた。
「すいません、それが、何も・・・ 昨日はこっちの方で恭さん見かけたって奴は誰もいなくて」
「この店にも来とらんかったんか」
「ええ。睦美の方とかにも声かけてみたんスけど、数見町の方でも会ったとか見たとかって話は
 なかったそうです」
「ふーん。・・・ ま、しゃあないな。オレが調べた分でもどうやら出かけたきりみたいやとは聞いてたし」
 と、急にタカの顔が引きつった。同時に、背後に激しい悪寒を感じて哲平が飛び退く。
「後ろに立つなっっ!!」
 振り向きざま叫ぶと、案の定いつの間にかすり寄っていた恵美がつまらなそうな顔をする。
「いいじゃないの、もう。どーせアタシに聞きたい事あるでしょ?」
「う・・・・・・」
 手を伸ばしてくるのを避けつつ、聞いてみる。
「何かネタあるんやろな」
「もちろん。だから触らせなさいよ」
「・・・・・・・・・少しだけやぞ!!」
(恨むで恭ちゃん。後で10倍にして返してもらうからな)
などと心の中で呟きつつ、恵美が頭を撫で回すのに耐える。
「――もうええやろ! さっさと教えんかい」
「う〜ん、いつもながらいい手触り☆」
「シゲっ!」
「エミーだっつってんでしょ! ・・・わかったわよ。はい、これ」
 メモを1枚渡される。見ると、遠羽市内でもはずれの方の住所が書いてあった。
「真神クンが行こうとしてた所ね」
「例の資料館か・・・ で、肝心の恭ちゃんの居場所は?」
「それはまだ」
「おい」
「もうちょっと待ってよ。その代わり、おまけで教えたげる」
 指先でこっちへ寄れ、と誘われる。
 嫌々ながら近寄って、それでも示されたよりかなり手前で立ち止まった。
「ここでええやろ」
「つれないわねー。ま、いいけど。・・・ 最近ね、数は少ないけど、ちょっと妙な新顔が
 この辺りに入り込んで来てるのよ」
「よそ者か。どっかの組か?」
「だったら柏木のじー様の方がよく知ってるでしょ。そうじゃなくて、海外と繋がってる気配がする
 ヘンにインテリ風な連中なのよ」
「・・・何じゃそりゃ」
 恵美が腕を組んで続ける。
「パーツがいなくなって、その後の『場』を狙おうとしてる動きは幾つかあるけど、そいつらはその
 どれでもないの。でもね、どうも・・・ “人狩り”の臭いがするわ」
「・・・・・・・・・」
 哲平の顔が険しくなる。
「さすがにあんな事のあった後だから、すぐ切り取り屋が出る余地はないと思うけど、別の“商品”を
 探してるって事はあるでしょ」
「別の商品・・・」
「よくある処だと、子供とか、若い綺麗ドコロとか、“頭”とかね」
 そう言って、恵美は仕方がない、という表情でタバコをふかす。
「鳴海探偵事務所の連中もねー、もうちょっと自覚した方がいいと思うのよね〜。秋からこっち、
 結構注目浴びてんのよ。ま、アタシはあんた達との約束があるから、ごく一般的な情報以外は
 売ってないけど」
「・・・売っとんのかい」
「少しくらいはねー。商売だし、腕の信用問題にもかかわるしィ。でも、アタシ以外の連中にはそんな
 義理はないから」
珍しく真面目な顔付きでこちらを見つめる。
「だからね、気を付けなさいって言ってるのよ」
「・・・・・・・・」
 夏の事件以来、恵美が、自分の相方である事とはまた別に、恭介自身を気に入ったらしいことは
察していた。
 だから、教えてくれたのだろう・・・
 だが、口に出してはこう答える。
「不安ばっかり煽る奴やなー」
 肩をすくめて恵美が言い返す。
「ま、小猿は間違ってもシンクタンクとかのターゲットにはならなそうだしィ。その辺は安心じゃなぁい?」
「なってたまるかいンなもん! ・・・帰る」
 空けたグラスをカウンターに置き、背を向ける。
「あらぁ、もう?」
「大将のとこに寄ってくんや、長居はしてられへん」
「あの渋いオジサンねー。今度よろしく言っといて☆」
「知らんっ!!」
 扉を乱暴に閉めて、店を出た。
 ・・・覚悟していても、恵美の相手をした後は疲れる。
 少し緩めの足取りになって、電波状態の悪い枕ヶ崎を抜け、ビジネスパークへ出てから携帯を
かけた。
 京香が出た。
『あ、白石くん、よかった。――ごめんなさい、お父さん、なんだか急に北の方の隣町へ行って
 来るって。今夜は帰りが間に合わないから、明日の朝来て欲しいって言ってるんだけど、どう?』
「あ、そーすか・・・」
 誠司が何か情報を掴んだのかも知れない。――それならいいのだが。
「わかりました。じゃ、オレ今夜は帰りますわ」
『うん、よろしくね。私もこれで事務所を閉めて帰るから』
 こちらが連絡するまで待っていてくれたらしい。
「えらいすんまへん。京香ねーさんも帰り気を付けたってください」
『ありがと。じゃ、お休みなさい』
「へい。ほな、また明日」
 ・・・切った途端にコール音が鳴り、さらに表示を見てぎょっとした。
(うわ、成美ねーさん・・・!)
 慌てて受信ボタンを押す。
「も、もしもし?」
『遅い。さっさと来なさい』
 それだけ言って切れた。――間違いなくスピリットからだ。しかもかなりヤバい感じが・・・。
(て言うたかて、面倒見るのオレしかおらんやんか〜)
 4号にはさっきハードラックで逃げられたし、2号と誠司は不在だ。ここで自分がいなかったら
マスターに気の毒だし、第一、女王様の呼び出しをすっぽかすなんておそろしい事、到底できる
訳がない。
(恭ちゃん、頼むから早よ帰ってきてくれ〜・・・)
 泣きそうな気分で祈りながら、スピリットへの道を辿る。
 おそるおそる半地下の階段を下ると、扉を開けたところに成美が立って待ち構えていた。
「――!!」
「・・・・・・ で、恭介は?」
 マスターがカウンターの中から、はらはらしながら見守っているのが目の端に映る。
「ま、まだ、です・・・・・・」
 他の客がいる店の中で、失踪だの行方不明だのという穏やかでない話を大声でするわけには
いかない。
 成美にしっかり掴まれながら、何とかなだめてカウンター席の隅に移動する。
「まだで済むと思ってんのぉ?」
 とっくに酒が入っている成美は地獄の女王様モードに突入しつつある。哲平は背中に冷汗を
かきながら報告した。
「恭ちゃんが行こうとしてた場所は判りました。けど、この時間はもう閉まっとるし」
「・・・隣の市との境目ね」
 哲平の手元のメモを見て、成美が呟く。
「昨日の昼、依頼の調査にそっち方面へ行って、そこまでは、き・・・」
京香の名前を出しそうになって慌てて言い直す。
「・・・事務所に電話があったて話です。その後この辺では見かけたもんがおらんし、家にも帰った
 様子があらへんから、多分行ったきりやないかいうことで・・・」
「つまり、全然わかってないのね」
「ねーさん、そんな・・・」
「さんざん待たせておいてそれだけ?」
 完全に目が据わっている。こうなったらもう、謝りたおすしかない。
「す、すんませんっ!!」
「せっかくのお酒をこんなに不味くさせといて、覚悟はできてるんでしょうね」
 その声に、一瞬にして店内を緊張した空気が走り、周囲の客達が一斉に警戒態勢に入る。
――さすが全員常連客だけある。
「ねーさん、堪忍っ・・・・・・!!」
 哲平の悲鳴を合図に、スピリットの中は暴風圏と化した――。
                                         【1日目 終了】

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 しずくが落ちる。
 ひとつ。・・・・・・ またひとつ。
 だが、その音を聞く者はいない――――。

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