☆ 9/30 記念作品 ☆

    



 ねーさんに、毎度お馴染みスピリットへ呼びつけられた。
 そん時たまたま恭ちゃんと一緒におったんやけど、なんや一回帰る用事がある言うんでマンションまでついてった。
・・・オレだけ先に行っても良かったんやけど、何となく恭ちゃんが来て欲しい、思うてるみたいやったから。
 ほんでも別になんてこともなくて、恭ちゃんは部屋に入ってまたすぐ出て来た。
「もうええんか?」
「うん。ちょっと物を取りに来ただけだから」
 そのままとおば東通りへ引き返して、店まで歩く。
 召喚かけられた時は、今夜はどないなるか思うていっつも戦々恐々のオレらやけど、今日の恭ちゃんは別のことで
緊張した顔しとる。――多分さっきの“用事”と関係あるんやろな。
 適当な話しながら様子見てたら、店の前に着いて階段降りる前にようやく溜息ついて言い出した。
「――あのさ、哲平」
「んー?」
「今日、成美さん大荒れになったらゴメンな。――先に謝っとく」
 内心げ、とか思わん事もなかったけど、恭ちゃんがこんなん言い出すのよっぽどの事やし。
「なんか火種持っとるんか」
「・・・うん。成美さんの反応次第なんだけど。でも、怒られる確率の方が絶対高そうだから。――その場合、俺がどう
 なっても自業自得だけど、結局お前にまとめて二人分面倒かける事になるだろ」
 ったく律儀やなぁ。オレ苦笑して、任しとけ、言うといた。
「前もって教えてもろたら心の準備もできるしな。・・・けど、どんくらい手間掛かるかによってオゴリ回数割増しすんで?」
「うん、わかった。頼むな。・・・じゃあ、行くぞ」
 一度深呼吸してから、二人して「せーの」で店の扉に手をかける。

 そんで飲み始めて少しした頃、恭ちゃんが何気ない風で、そうだ、とか何とか言うて上着のポッケから何か取り出した。
「成美さん、これ受け取ってください」
 ねーさんの掌にちゃりっと音たてて置いたのは。
「・・・恭ちゃん、それもしかして」
 ホルダーは猫の絵描いた見た事ないのやったけど、その先に付いとるもんの形には見覚えがあった。
「うん。――俺んちの鍵なんですけど」
 火種ってそれか? どんな怖いもんかと思うとったら。
 ねーさんも訳わからないらしくて、呆れたような顔しとる。
「あんたねぇ、そんなもの彼女でも出来たら渡しゃいいでしょうが」
「・・・そういう渡し方するには道のり遠そうやな、恭ちゃん」
 思わず脇から突っ込んだら、恭ちゃん、放っとけ、言うてたけど。――絶対、色恋沙汰ニブいし。
「いや、そうじゃなくてですね」
 じゃあ、とねーさん首傾げる。
「借金のカタに家財道具一式売り払っていいとか?」
「違います――っ!!」
 悪いけど爆笑してしもた。
 オレが笑とる間にもねーさん容赦ない。
「まぁ、あんたんとこの家具なんて二束三文にしかならないだろうけど」
「勘弁してくださいよ。ただでさえ節約して暮らしてるのに、この上生活必需品までなくなったら俺、生きてけないですよ」
 恭ちゃんがぼやく。恨めしそうにこっち見られたんで、何とか笑い納めて顔引き締めた。
 ねーさんもそこでからかうのを一旦やめにしたらしくて、
「で、何なのこれは」
「・・・昼間の休憩所とか避難場所にでも使ってください。ヘルと公園まで散歩とか、何処かへの行き帰りで、もうちょっと
 だけど一息つきたいとか」
 ああ、そぉか。ねーさん出よう思たらもう日中も外、出られるんや。 ――思えば、の話やけどな。
 案の定ねーさん、
「明るい所なんか好きで行こうなんて気にならないわよ」
言うて眉寄せとる。
「ええ、使わなくても構わないです。もし使えばってことで、お守りみたいにただ持っててもらえば」
「・・・・・・・・・・・・」
 ねーさんにじっと見られて、恭ちゃん苦笑した。
「すみません。成美さんからはペンダントもエアメイルも預かってるのに、俺の方はこんな物で」
「――ペンダントはあんたが自力で取り返したんじゃないの」
 カウンターで並んで座っとるねーさんと恭ちゃんの首に、お揃いで赤い滴型の石が付いたペンダントが掛かっとる。
 ねーさんの方が父親の形見で、恭ちゃんの持っとる方が母親の形見でずっと行方知れずになっとって、あの夏から
秋の事件の中で恭ちゃんがさんざん苦しんだ挙句に事件を解決して、ようやっと取り戻したもんや。
「これは、俺一人の物じゃないですから」
「同じ事でしょ。あたしがあんたに持ってるように言ったんだし」
 そこらへん押し問答になるの避けたんか、恭ちゃんは話の方向戻した。
「俺からは今のところ、これを渡すのがせいいっぱいですけど・・・」
 そんでもねーさん、恭ちゃんの方見たまま動かんし。恭ちゃん静かに続けた。
「――大丈夫ですよ。見てもらっても平気なくらいに部屋は片付けてありますから」
 ・・・部屋の片付け、て。
「恭ちゃんとこいつもキレイにしとるやないか。あれ以上どこ片付けるん」
「お前の部屋が散らかり過ぎなんだよ・・・」
 溜息つかれる。
「ほんなら恭ちゃん来てくれたら」
 うっかり言いかけて地雷なんに気ぃついた。ヤバイ。お掃除恭ちゃんは絶対ヤバい。
「いっ、いや! やっぱええわ」
 慌てて手を振ったら、頭に冷やっこい石みたいなもんがぶつかってきた。
「てっ!」
「1号うるさい」
 床に落ちたの見たら、氷やった。グラスからつまみ上げて投げたらしい。
「ねーさん、投げるもんと違う物ばっかし投げんといてくださいよ〜」
「マスター、お代わりー」
 ・・・どうせ聞いて貰えるとは思うてへんけど。
 ねーさん、細い目して恭ちゃんの方を見とった。
「・・・ずっと使わないかも知れないわよ」
「いいです、それでも」
 恭ちゃんの返事聞いた後、ねーさんしばらく黙って作ってもらったお代わり飲みながら、渡された鍵をカウンターに
置いて指先でつついてみてた。
 恭ちゃんもそのまんま何も言わんで大人しくしとる。
 ――だいぶ経って、ねーさんが口開いた。
「・・・・・・そうねぇ。部屋はともかく、あんたが潰れて寝てる所に行って、顔に落書するのには使えるかも」
 それ聞いて恭ちゃん、ほっとしたんやろな。見事に地雷踏みよった。
「潰れるのはいつも成美さんの方が先じゃないですか」
「あら、ナマイキ」
 ねーさんが悪企みしとる時の顔で笑う。
「じゃ、飲み比べね。嫌だとは言わせないわよ」
 注意一秒ケガ一生。オレは天井に目ぇ泳がした。
「あ、あの成美さん・・・」
 そんな声出してももう遅いって、恭ちゃん。
やるわよね
「・・・やります」
 ――その後どうなったかっちゅうたら、まぁ、いつもの通りで。

 次の日、昼近くなってから恭ちゃんちに様子見に行った。
「恭ちゃん、おはよー。生きとるか〜?」
「・・・・・・ほとんど死んでる・・・・・・」
 消えそうな声の返事聞いて、こっちで勝手に鍵開けて入らしてもらったら、恭ちゃんはまだベッドの上に引っくり返った
ままで頭、痛そうに押さえとった。
 ・・・そうやろなぁ。ねーさん久し振りにしつこかったし。
 オレが傍行くと、恭ちゃん顔の上にのせてた腕下ろして、こっち見て聞いた。
「・・・成美さん、あれからどうだった?」
「恭ちゃん潰したら満足したらしくてなぁ。あんまり暴れんとすぐ寝てくれたわ」
 ベッドの横の定位置に座り込みながら答える。恭ちゃんの方がどうだったかはまぁ、言わんといてやろ。武士の情けや。
「そっか・・・・・・」
 全然憶えてへんでも想像はつくのやろ、恭ちゃんは天井に向かって溜息ついた。
 それから、頭そろそろと動かしてオレの方見て。
「――付き合ってくれて、ありがとうな」
 真面目な顔で言うた。
「おう、任務完了や。ま、面倒はいつもと同んなじくらいやったから、オゴリは1回分でええわ」
 そう答えたら、うっかり頷こうとして頭痛うしたらしくて、盛大に顔しかめてた。
「――もっと怒られると思ってたし、最悪受け取ってもらえないかも知れなかったから、この結果は上出来だよ」
「潰されて二日酔いやけどな」
「・・・だから休みの前の日にしたんだよ」
 思わず笑ってしもうた。
「さすが名探偵、用意周到やな」
「こんなの推理じゃないだろ。単なる経験法則だよ」
 なんてぶつぶつ言うとるし。その声もかなり掠れとる。
「恭ちゃん、水飲むか?」
「・・・うん」
 答え聞いて立ち上がる。台所行って、コップに水入れて持ってきて。
 横になったまんまでは水飲めへんから恭ちゃん、できるだけ頭痛うないようにゆっくり動いて、起き上がろうと頑張ってた。
 こういう時下手に他人が手ぇ貸すと余計痛くなったりするから、テーブルの上にコップ置いてしばらく待つ。その間になんとなく
部屋ん中眺めた。
 入って来た時にもう気ぃついてたけど、昨日聞いた話の通りちょっとずつ物の置き場所とか並べ方が変わっとる。
 特に目立ったんは、机の上、本が並んどる所に薄いファイルみたいなんが一冊増えとんのと、その代わりになくなったもん。
「・・・・・・なぁ、あれどっかしまったんか?」
 ちょいためらったけど聞いてみる。こんな風にしか言わんかったけど、恭ちゃんには通じたみたいやった。
「写真屋さんに持ってって複写してもらったやつを手帳に挟んであるよ。元のは他のアルバムと一緒にしまったんだ。
 ・・・出しっ放しだったから、少し日に焼けてきちゃってたしね」
「机の上に立っとんの、別のアルバムか」
「母さんができるだけ一人で写ってるの抜き出して新しく作ったんだ。どうしても、子供の時の俺とか一緒に入っちゃってるの
 あるけど」
 オレは息ついた。
「そぉゆう事やったんか」
「・・・・・・うん・・・・・・」
 ようやく起き上がった恭ちゃんに水渡す。
「――お疲れさん」
 なんか、頭とか思いっきり撫でてやりたかったんやけど。水飲んどるとこやし、何より二日酔いで頭痛ひどいし。
 せめてそう声掛けてやったら、恭ちゃんちょっと手ぇ止めて、少し笑ろたみたいやった。・・・多分、痛いとか哀しいとか
寂しいとか自嘲とか、そういうもんがみんな混じっとる。
「恭ちゃん、ホンマええ子やな」
「――この件については違うと思うけどな。これってきっと、ずいぶん残酷な事してると思う。だからあの時どれだけ怒られても
 仕方ないと覚悟してたんだけど」
 飲み終わったコップ受け取ると、恭ちゃんは腕突いてまた寝ようとしとったから今度は手ぇ貸した。背中支えて、急に
倒れ込まんようにしといてやる。
 ありがと、言うて無事に元の体勢に戻ると恭ちゃんは天井見て独り言みたいに言葉続けた。
「・・・でも、成美さんには絶対に知る権利がある。それを使っても使わなくても。だから――俺は、どうしても渡しておかなくちゃ
 いけなかったんだ」
 ――ねーさんがこの部屋来たとして、前のままやったら見てしまうもの。
 それは恭ちゃんの、いうより「真神家」の、家族写真や。
 恭ちゃんにとってどんなに大切で当たり前のもんでも。自分の母親が知らない人間と家族として写っとるもんを、ねーさんが
どう思うか。
 そんでも杉内家の写真でかろうじて残っとるのは恭ちゃんが手に入れてきた一枚きりやし、例えちょっとの間でもあんな
別れ方した家族がまだ生きててくれて、その様子がわかるんやったら。・・・いつか知りとうなっても不思議やない。
 そやから恭ちゃんは、できるだけねーさんの気持ちに負担かからんように、部屋の中整理して。その上で、ねーさんが誰にも
邪魔されんと一人っきりで見てもいいように、それと、聞かれたらなんでも話すいう約束の意味もこめて、あの鍵渡して。
 要らんて怒られるかもしれん。そんなもん知りとうないて。もしかしたら一生。
 そんでも、あのひとがねーさんにも恭ちゃんにも母親だった事は変わらへん。
 だったら自分だけが知っとることを伝えんのは不公平やと、そう思たんやろう。まったく、真面目な恭ちゃんらしいていうか。
 けど押し付けるつもりはない。知るも知らんもねーさんの気持ち次第や。そやから。
「鍵さえあれば、扉はいつでも開けられる・・・か」
 んで、ねーさんもそれが解って。
 怒る代わりにナマイキ、言うて。恭ちゃん潰すだけで勘弁したったと。

 恭ちゃんはもう何も言わんで、また腕を目の上に置いてじっとしとる。
 ・・・でもなぁ、恭ちゃん。それはお前も同じやろ。
 ペンダントの買い主いうて探しとっただけの杉内家があんな事になっとって。しかもそれがホントの親やったて、どんな思い
したか。恭ちゃんの父さんもじいさんも、血が繋がっとらんなんて全く気づかせんかったんやろ。
 そういうもんまで一気にわかってしもうて、そんでも頑張って今まで毎日元気に見せてきたんやな。
 オレ自身は実の家族なんて捨てて捨てられてるし。恭ちゃんの気持ちもねーさんの気持ちも到底解るとは思えんけど。
 ・・・そんでも、どんだけしんどいやろなと思う。
 恭ちゃんの傍から立って、空になったコップ台所に置いてくる。その帰りに洗面所まわってタオル一本借りて、水で絞ったの
持って戻ってきた。
「お見舞い」
 言いながら、引っくり返っとる恭ちゃんの額の上へ置く。
 途端に恭ちゃんが「うわ」って声上げてタオル掴んで。急に動いたもんやから思いっきり頭に響いてしばらく絶句しとった。
「・・・哲平、なんだよこれっ。びしょびしょじゃないか、もうちょっと絞って来ないと滴垂れてるって!」
「あ〜、そやったか? スマン」
 我ながら白々しい台詞やなぁ。けど、そんくらい水浸しなら、ちょっとくらい涙にじんでもわからへんやろ。
「なぁ恭ちゃん、テレビつけてもええ?」
「――いいけど、音は小さくしてくれよな・・・」
 弱々しい声で返事かえってくる。オレは恭ちゃんの頭の横に背ぇもたせかけた。
 ねーさん来ても顔に落書されんようにここで見張っといてやるから、今日はゆっくり休んどき。

 つけたテレビには何かのドラマが映っとる。
 こういう“おはなし”なら、みんな終わった後は「めでたしめでたし」で済むけどな。
 現実に生きとるもんには、その先がまだ続いとって。そいつはなかなか「めでたい」だけでは済まんもんやなぁ。
 そんでも恭ちゃん。生きて続いてるからこそ、出会えるもんもある、そうやろ?
 オレが恭ちゃんに会えたみたいに。恭ちゃんとねーさんが会えたみたいに。
 恭ちゃんがあの鍵、ねーさんに渡したみたいに。
 そんでいつか、ねーさんの話も聞ける日が来たら、ええな。
 
 
                                                    <了>

 
  


★コメント

・本編終了日付記念・・・の筈だったのですが、結局10日以上もオーバーしてしまいました。すいません。
・時間的には本編終了後のいつか。結構時間かかってるかもしれません。成美さんの落ち着き具合による、と思います。
 ・・・難しいなぁ。
・哲平ありがとうっ! ていうか、やっぱりこの三人は揃ってないと駄目なんですね。それでバランスが成り立ってる。
 最初、哲平を入れないで書こうとしてあっという間に行き詰まって、次に入れてみたけど誰の視点でもない三人称にしようと
 して失敗して。最後に哲平に喋ってもらってやっと完成しました。
 自作のタイトルにまで使ってるくせに、悟りが足りなかったようです(笑)。反省。
・ところで、哲平視点三人称はやったけど、哲平自身の一人称って・・・もしかして初めてだ(汗)。例によって神戸弁の
 間違いはご容赦を・・・。
・最後の部分は・・・ 別に皮肉とかではなく。こう言う風にいえるくらい、彼等は「生きてる」と思います。
   

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