☆ MP union 森川直治誕生祭 参加作品 ☆

    菊月断章



 ◆9月上旬:

「――そうか、わかった。入院次第、多々良の監視は別の者に引き継ぐ。すまないが、それまでの間もうしばらく任務を
 続行してくれ」
 電話している横で、机の上に重なっている報告書の束。
 それぞれ各地の興信所・探偵事務所の名が記されているのが見えるが、一番上に置かれているのは
「遠羽市 鳴海探偵事務所」と書かれている書類だ。
「・・・そうだな。“彼”の動向には今後一層気を付けよう。・・・今日はご苦労だった、森川君。ではな」
 受話器が下ろされ、男が独り言のように呟く。
「また彼か・・・」
 だが、その部屋にいるのは一人だけではなかった。傍らから楽しそうに語りかけてくる声がもう一つ。
「残念ですねぇ。彼がこうまで関わってくるなら、私ももう少し顔を出せば良かったかもしれません。今回は、様子を見に
 行ったついでに偶然見かけて挨拶しただけで終わってしまいましたからね」
「――会ったのか」
「ええ。・・・ご心配なく。本当にただの挨拶だけですよ? 他に気付いた人なんかいませんでしたしね」
 苦いものを含んだ声で男は相手に話しかける。
「江榮の件から、まだ、そう日も経っていない。張や青島組の残党もいるだろう。止めはしないが、気を付けるんだな。
 ・・・今月末のイベントのこともある」
「わかっております。準備は順調ですよ」
 その答えを聞いた後、しばらく沈黙してから、男は決然とした口調で告げた。
「彼を『排除許可』のリストに移す」
 同室者は答えない。ただ、静かに上司へ目を向ける。
「これは決定だ。もう、彼は危険すぎる。――いいな、一凱」
「承知しました、諏訪先生」
 威は薄い笑みを浮かべる。
「名探偵の条件には“強運”もありますからね。つまらない連中の手にかかってしまうようでは、興醒めですよ。
 是非とも生き延びて欲しいですね」


 ◆9月中旬:

「申し訳ありません。余計な手数(てかず)をかけることになってしまいました」
 尊敬する先達の前で、若い警察官は畏まって立っていた。
「聞いているよ。・・・ふむ、君にしては珍しい不手際だが、その後の対応も済ませているし、やむを得まいね」
 報告を受けた男は余裕と思いやりのある上司の態度で応える。
「しかし、また彼が関わってきているそうだね。君も充分承知しているだろうが、行動には留意してくれたまえ。
 ――それと」
 男は表情を改め、相手を見つめる。
「実は、今回の件のフォローに一凱が付くと言ってきている」
「・・・・・・!」
 森川は姿勢をただして目を上げた。
「ああいう奴だ、基本的に自分の判断で動くそうだが、連絡は入れさせる。君の方から協力を要請したい事や
 連絡事項があれば、私に寄越すように。こちらから伝えさせる」
「・・・わかりました。ご配慮ありがとうございます」
 頭を下げると、諏訪は気遣わしげな表情をしていた。
「・・・聞いていると思うが、友凛病院の件の後から、彼は『排除許可リスト』に入っている。下手な手を出す事は禁止して
 いるが、緊急時には誰の承諾もなしで処分可能だ。覚えておいてくれ」
 何も言わずに見つめ返し、頷く。
「では、そういうことで頼む。・・・くれぐれも気を付けてな」
「はい。失礼します」
 もう一度深く礼をして、その場を辞す。

 数見町の自室へ帰宅する。
 着替えもそこそこに、部屋の中の整理を始めた。
 もともと一人暮らしだし、寝に帰ってくるだけのような場所なので物は少ない。
 それに万一のことを考えて、普段から見られてはまずいようなものは整頓してあったのだが、今日は徹底的に
手を入れる。――自分がいなくなった時の為に。
 死神の鎌が首に掛かった。
 威がバックフォローに付いたとは、つまりそういう事だ。
 組織は失敗を許さない。そして、今回の敵はあいつ――探偵だ。
 どんなにお人好しの馬鹿でも、こと事件に関する限りあいつの腕は侮れない。
 そして、威はあいつを気に入っている。
 あいつと自分が対決する事になったら。
(――さぞ、面白がっているんだろうな)
 室内を整理しながら盗聴器・監視カメラの類がないか確かめ、ゴミを出しに行く振りをして外の監視状態を確認する。
 そうしてからまた部屋に戻り、机の前に座って便箋と封筒を取り出した。
 迷ったが、2通作成する。
(ったく、冗談じゃない)
と考えながら。
 後は組織の監視の目を潜り抜けて投函の手配をするだけだ。
 思ったより最期の仕度は簡単に済んでしまった。なんだかあっけない。
 ・・・こんなものなのか。
(だが、まだこれからだ。俺だってそう簡単に負けてやったりはしないぞ。勝負だ、探偵)――――


 
◆9月21日:

 そうして。

 目の前には、使えもしない銃をこちらに向けた彼がいる。少し、震えているかも知れない。
 それに対して自分の銃口は僅かも揺らいでいない。
 二人を相手にしていても、この引金をただ続けて引けば、それですべて終わる筈だ。
 ――その筈なのに。
 なんで、自分はこいつといつまでも言葉を交わしているのか。
 遠い背後に、冷たい気配がある。
 こいつは全然そんな事にも気付いてないんだろう。

 この日が迫っている事は、わかっていた。
 だが、こいつより先に氷室さんの方に気付かれた気配があった。だから、半ばそちらに向けての準備が
進んでいたのに。
 どうしてお前までここにいるんだ!

 迷っている暇はなかった。
 諏訪先生の言葉がよみがえる。
 『緊急時には処分可能』だと。
 だから、二人に向かって銃を構える。
 ――今日、こんな形でとは思ってなかったけどな。

「・・・なんで撃たないんだ?」
「どうせ死ぬヤツに、何を聞かれたって今更困らない」

 撃たなければ、自分が撃たれる。
 目の前のこいつにではなく。

「咄嗟に、撃てなかったんだろ。
 撃ちたくないんだろ、本当は」
「ふ・・ふざけるなっ!」
 図星をさされて、つい声が乱れる。
 本ッ当に嫌なヤツだな、お前。

 ――そして。

「どうして、所長が生きてるってわかったとき泣いてたんだよ!!」

 ――引きずり込まれる。
 否応なしに、自分の本当の気持ちに向き合わされる。
(・・・みんな、こうだったのか?)
 ふっと思う。
 あの、木原家のお手伝いも、威が飼っていた暗殺者の娘も。

(・・・・・・京香さん)

 告白してしまいながら、薄々感じ取る。
 自分の敗けだ。
 ・・・この後、最期までにできることは。

「威みたいな化け物にも平気で食ってかかりやがって・・・
 いつ死んでも不思議はなかったんだぞ」
 気付けよ。

「とことんお人好しだな、お前は!
 そうやって信用してはいつも裏切られて、いずれ致命傷になるぞ!?」
 せっかく忠告してやったのに。
「生き残ってやるさ。今までだって、そうやって来たんだ」
「・・・今もか?」
「今もだよ」
 この脳天気野郎。

「・・・お前には撃てないよ、森川」
「そこまで悪党になりきれる奴が、一晩中悩んだりするもんか」
 ――自分には先生ほどの器がなかったって事か。よくも言ってくれたな。
「・・・・・・・悪かったな」
 わかっていても、どうもムカつく。
「・・・それでも・・・ 撃てないって言い張るのかよ」
「撃てないさ。・・・そんなことしたら、京香さんが泣くから」
 畜生。


「もう・・・ 誰も騙さなくったって、いいだろ?」
 他の誰も。そして、自分自身も。


 ――――あと、どれくらい時間は残っているだろうか?


「・・・お前のせいで、最低の誕生日だ」
「ここまで派手に祝われたのも初めてだけどな」
何せ、前にも銃口、後ろにも銃口だ。

「・・・覚えてろよ」
 忘れろったって、忘れられない日になっちまうんだろうな、お前には。
 だからって謝ってなんかやらないが。

「覚えとくよ。来年はケーキ焼いてやる」
「・・・お前、やっぱり馬鹿だろ」
 そんなことして祝ってもらえるような。
 時間の余裕が俺に残されていると思うのか?


 ・・・・・・そろそろ、時間切れだな。


 身体の中心を、爆発するように熱が走り抜ける。

 かろうじて、倒れ込んだ時、意識を失わないでいる事ができた。
 目がよく見えない。・・・思ったより、早い。
 声を頼りにあいつの方へなんとか視線を向ける。
 伝えることが、あと少しだけ。京香さんへの詫びと・・・間に合えば、組織の名前を教えておいてやる。
 ・・・後は、例の手紙が届けばいい。


「・・・・・・真神・・・・・・」
「気・・・つけろ・・・よ・・・・・・」


 ――――そして、世界が暗くなる。



 ◆9月27日:

 郵便配達のバイクがマンションの階段口に停まる。
 部屋番号が記された箱の中に、次々と郵便物が入れられていく。
 「真神」と書かれた場所に入れられた、白い封筒が一つ。



 ◆9月30日:

 Aim会場からの帰り道。
 さっき返してもらった封筒とは別の、もう一通が入っているポケットにふと触れる。
(・・・ありがとう)
 威はいなくなって、諏訪さんは生きて留まることを選んでくれた。
 約束が守れたのは、結局お前のおかげだよな。
 あの時の言葉通り、来年の誕生日にはケーキ焼いてやるよ。
 リクエストを聞いているヒマは無かったから種類はお任せになるけど、いいよな。
 ――駄目だっていうんなら、文句言いに来いよ、・・・森川。


                                        〜 Happy Birthday 〜





  ※文中、「9月21日」における台詞部分を
    【MISSING PARTS sideB  the TANTEI stories】 (C)2002,2003,2004 FOG/O-TWO/SYSTEM PRISMA
    より引用させて戴いていることをおことわりいたします。
  


★コメント
 ・MP愛好会様の「森川誕生祭」に参加した作品です。
  9月の初めからずっと何を書こうか悩んでいてアイディア2本没った後に結局出てきたのがこれでした。いかに苦手かと
  いうのがわかって我ながら苦笑。リアルタイムプレイレポートをやっていなかったら、何も書けなかったかも知れません。
  でも、「書きたい」と思うものが出てきてくれた事には正直ほっとしました。
  ・・・無理矢理書いても意味が無いし、読む方にも面白くないものしかできないでしょうから。

 ・「愛好会」様提出時のコメントにも書きましたが、できたはいいものの、「祭」に出すかどうか実はかなり迷いました。
  特に「21日」については既に沢山書かれているテーマであり、私なりの解釈ということで特に目新しくもなく内容的にも
  「祝」にふさわしくないし、自分のサイト内発表に留めておくべきかとも思いましたが、
  『ほとんどこの人の事を書く事がない私にとっては、この機会、この時に、この話を書くことそれ自体が
  森川への捧げものであるということ』(提出時コメント)
  なので、思い切って出してみる事にしたものです。

 ・誰が主役なのか微妙にわからなかったり(笑)。これ、「裏の主役」は絶対に恭介だって話ですね。
   

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