覚悟はしていても、やはり直面するには厳しい現実というものがある。
 紫宵の土産物が山と積まれたサイバリア奥のブースで奈々子メニューに向き合わされた
恭介と哲平は、つくづくそう思った。
「こっちが見習いのでそっちが哲平ちゃんの分だよ。さ、座って座ってー」
 2つとも同じ背の高いグラスに入った、黄色っぽいシェイクと緑色をしたパフェ――の
ように見える。
 自分用があるとは思っていなかった哲平は、うろたえ気味に声をかけた。
「あ、あの、奈々ちゃん。オレは別に」
「今デザートタイムなんだ。ちょうど良かったね、哲平ちゃん」
「いや、頼んでへんし」
「うるさいぞチンピラ。奈々子さんの心づくしだ、ありがたくいただけ」
「いらん世話焼くな!! だいたい何やねん、この荷物の山はっっ」
 紫宵と哲平が大声で言い合いを始める。
 数々の極彩色の包みがパソコンを埋めている様子といい、中国服の少年とチンピラ風の
青年という組み合わせが騒いでいる様子といい、およそネットカフェの店内としては異様な
眺め以外の何ものでもない。
 常連客や店員達はそれとなく視線を逸らしてくれているが、事情を知らない客は驚きと
奇異の眼差しでこちらをうかがってくる。
 激しく逃げ出したい気分に駆られながら、恭介はニコニコしている奈々子に尋ねた。
「で、これはいったい何なんだ?」
「今日のはねー、店長に聞いたやつ作ってみたんだよー。昔のテレビCMでやってた有名な
 シェイクのレシピで、炭酸栄養ドリンクに生卵の黄身を入れるっていうのがあったんだって」
(店長、何故そんな地雷なものを・・・・・・)
「見習いケガした後だから、『じよーきょうそう』?とかに良いものないかなぁって言ったら
 教えてくれたんだよ〜」
 多分“ついうっかり”口を滑らせてしまったのだろうが、自覚があるのか、奥のキッチンの
さらに客席から見えない物陰に店長が隠れて出て来ないのはそのためらしい。
「・・・多分そのレシピには紫いもソフトをのせろとは出てなかったんじゃないのか?」
 当時の年代から云って、この組み合わせはあり得ない。
「ホントは目に効くブルーベリーの方がいいかなと思ったんだけど、無かったから色だけ同じに
 してみたの」
「そんな事は訊いてないっ」
「量が足りないから他にレバーペーストとニンニクと紫宵ちゃんが持ってきてくれたフカヒレ
 スープ入れてミキサーにかけたらマロンパフェみたいな色になったから、それじゃアイス
 のせてみようかなって」
「のせるな、そんな物!!」
「あ、早くしないとソフトクリーム溶けちゃうよ〜」
「――――!!」
 とっさに言葉を呑んで考える。
 確かに今聞いた中身から考えて、溶け切ってしまったら味の破壊力が増すばかりだろう。
上の方は単品でソフトクリームとして食べられる今のうちに済ませてしまって、下の方は一気に
片付けるしかない。
「・・・お先にな、哲平」
 まだ紫宵の相手をしている相棒に言い置いて、恭介はグラスに手をかけた。
「ああっ恭ちゃん、せめて一緒に〜!!」
「お前も頑張れよ。じゃ」


「――――おい見習い、おいってば」
「あ? ああ・・・・・・」
 気がつくと恭介はデスクに突っ伏していて、紫宵がその肩を揺さぶっているところだった。
 目の前のグラスは空になっている。どうやら飲みきったようだが、意識が現実を認識するのを
拒否したらしく記憶がはっきりしない。
「何か落ちてるぞ。・・・なになに、『あなたの妹は元気です』?」
 紫宵は、恭介の膝から滑り落ちかけた紙を一枚拾い上げて突きつけた。
「お前、妹なんかいたのか?」
「いないけど、なんで・・・って、うわっ」
 身体を起こしてみて慌てた。足元にたくさんの紙が散らばっている。有沢から預かった
手紙のコピーだった。
「依頼の資料なんだ。俺が書いたわけじゃないよ」
 言いながら急いで椅子を引き、汚れがつかないように気をつけて拾い集める。さっき店へ
来る途中で騒いだ時に書類入れの封が緩んでしまったのかも知れない。
「なんだ、そうか。――まぁよく見ればこれはタイ語だしな。お前に書けるはずもないか」
「え!?」
 恭介は床から顔を上げた。
「紫宵、タイ語解るのか?」
「すごーい、頭いいねー」
 奈々子に誉められて紫宵は得意げに胸を張った。
「世界を股にかける男のたしなみですよ。お、こっちはマレー語だな」
「・・・それも読めるのか?」
「もちろんだ! おじいさまの会社がある国の言葉はひと通り教わっているからな」
(ほんとにすごいな・・・)
 真面目に感心しつつ、恭介は回収した紙束の整理にかかった。
「それだけじゃないぞ。机上の勉強だけじゃなく、必ずその国に行って現地の発音や実際の
 言葉の使い方も学んでるんだからな。ふん、ここにも行ったことがあるぞ」
 紫宵は整理中の紙束から英字新聞の切り抜きらしい紙片をつまみ出して言ったが、何故か
ちょっと眉をしかめた。しかし、
「わー、きれいな所だね〜。奈々子も行ってみたーい」
 横からのぞきこんだ奈々子が騒ぐと、たちまち澄ました顔になって
「ここは、この国でも有数の名庭園なんですよ」
と解説を始める。
(ああ、そんな“解答”の場所があったっけ。先生、あんな切り抜きも一緒に挟んであったんだ)
 なんとなくそう思い、それから恭介はある事に気づいてぎょっとした。
「・・・あ、あのな、紫宵」
 ちょうど奈々子が哲平に何かを頼まれてその場を離れてしまったので紫宵は不機嫌そうに
振り返り、切り抜きを恭介に押しつけた。
「なんだ見習い。――こんな不快なものを見せるな、思い出すだろう」
「ごめん。・・・・・・ 一緒に行ってたのか」
 恭介は低い声で謝った。
「おじいさまの赴任地を訪ねる時は大抵あいつらが世話役だったからな」
「そうか。――で、その。ちょっと頼みがあるんだけど」
「頼み?」
「紫宵、確か英語も解るよな。実はこの紙、英語と原語でセットになってたんだけど、今ので
 ばらばらになっちゃったみたいでさ。元通りに組み合わせたいんだけど、手伝ってもらえ
 ないかなぁ」


 それからしばらくして、恭介と哲平はたくさんの恩着せがましい台詞と共に紫宵から渡された
土産物の袋を抱えて、ようやくサイバリアから脱け出した。
「恭ちゃん、この後マンションの部屋で仕事・・・するんか?」
「座り込んだらそのまま動けなくなりそうだから止める。あ、でもパソコンだけ外して持って行く
 ことにするよ」
 公園の横を歩いて行く二人の足取りは、ダメージを反映して少しあやしかった。それでも
なんとかマンションに辿り着き、ケーブルなどを外してノートパソコンを持ち出す支度をする。
 恭介が作業をしている後ろで、手持ち無沙汰に土産袋を開いてみた哲平が中身を見て
変な声をたてた。
「どうした?」
「いや、今いちばん見とうないもんが・・・」
 振り向くと、袋から幾つかの中華菓子がテーブルの上にこぼれだしていた。
(哲平は甘いもの苦手じゃないはずだけど―― あ)
「さっきのデザートか?」
 たずねると哲平はぐったり頷いた。
「怖くてよく見てなかったけど、お前の方は何だったんだ」
「・・・中華点心生クリームパフェ抹茶アイスのせ」
 解説によると、普通入っているコーンフレークやケーキブロックの代わりに、月餅やら桃まん
やらを角切りにしたのや、杏仁豆腐のクラッシュゼリーやらが詰め込まれた上に、生クリームが
絞られて、とどめに何故か抹茶アイスがトッピングされていたという。
 余程の甘党でも食傷しそうなシロモノだ。
「よく攻略できたな」
「『唐辛子入り梅昆布茶』ちゅうのを5杯お代わりして耐えた」
「なんだそれ!?」
「お試し期間中の新ドリンクやて。なんかダイエットに効くいう人気の商品で、やっと入荷したとか
 奈々ちゃん言うてた」
(独創破壊メニューだけじゃなくて、ついに怪しい商品の仕入れまで始めたのか・・・)
 サイバリアでの注文はますます命懸けになっていきそうだ。
「恭ちゃんの方は何だったん?」
「オ○ナミンセーキのフカヒレスープ割りニンニク・レバーペーストブレンド、紫いもソフトのせ」
「・・・奈々ちゃんの愛情受けとめるのって、きっつい試練やな〜」
「喜んで紫宵に全部譲りたいよ」
 マンションを出ると、恭介がノートパソコンを脇に抱え、哲平が二人分の土産物袋を持って
今度は柏木邸への帰途につく。
「そういや恭ちゃん、さっきあのクソガキになんか約束させられてへんかったか?」
「ああ、ばらばらになった資料を元に戻すの手伝ってもらったから、その代わりに今度、俺の方が
 紫宵の頼みを聞くって」
 哲平は天を仰いだ。
「・・・なぁ、もともとあいつのせいでサイバリアに引きずり込まれたんやないか。そんであの地獄
 メニュー食わされんかったら資料ぶちまける羽目にもならんかったのに・・・」
「し、仕方ないだろっ」
「わざわざ事の元凶に借りつくらされて、素直に聞いとる恭ちゃんって、さすが」
「なんだよ」
 自分でもどうかと思っていただけに、指摘されるとかなり情けない。
「いやー、相変わらず見事な貧乏クジっぷりやなぁ」
「ほっとけ」
 いつものようなやり取りをしながら柏木邸に帰りつくと、座敷に並んで夕食の席に着いた。
 二人揃って食欲がないのに不思議そうな顔をした久蔵は、訳を聞くと楽しそうに笑っていた。


 夕食後。
「んで、どっちの部屋にする? 恭ちゃん」
「掃除始めちゃったら話にならないと思う」
「・・・決まりやな」
 と言うわけで恭介の部屋へ落ち着くと、さっそく昼間約束した話を始める。
「今日のこと、やっぱり所長か?」
「ああ。なんか、わざわざ話すまでもないやんな。恭ちゃんみんなわかっとるんちゃうか」
「そんなことないよ。所長とは、いつ連絡とったんだ?」
「一昨日の夜、オレの携帯に向こうから掛かってきてな。――あ、そや」
 哲平は気がついたように言った。
「大将に連絡したいことある時はオレに言うてな。当分オレの携帯番号から掛かって来た電話
 にしか出えへんからて」
「え、なんで? 事務所の電話も駄目なのか」
「京香ねーさん出るのが怖いから言うとったけど」
 恭介は少し沈黙した。
「・・・そこまで判ってるなら、もう少しちゃんと言っていけばいいのに・・・。何処にいるとか、
 その辺のことは何か言ってたか」
「そういや居場所は教えてくれんかったな」
「多分、知らなきゃ訊かれても教えないで済むからとかいうんだろうな」
 溜息をついて、本題に戻る。
「――それで、お前に頼むとき所長は何て言ってた?」
「『真神が一人で今の依頼人に会う時は、内緒でついてって周りに妙な事がないかどうか
 見ててくれ』やったな、確か」
「内緒って・・・ もうバレてるじゃないか」
 いいのか?という顔をした恭介に、哲平は楽しそうに答えた。
「恭ちゃんはええねん。今日やってちゃんと知らん振りしててくれたやろ」
(本当にいいのか? それで)
 疑問を覚えつつ、さらに訊く。
「“妙な事”って・・・?」
「んー、怪しい奴が一緒のとこに入ってくとか、恭ちゃんが不自然に長い間出て来んとか、
 そういうの言われたな。けど、相当ヤバいと思うた時以外は、できるだけ中に入らんとけって」
「・・・そうか・・・・・・」
 こたえて、恭介はしばらく言葉を切る。哲平はその横顔を見ながら、相棒が再び口を開くのを
待った。
「それじゃあ・・・ 今日のことはもう連絡したのか?」
「まだこれからや。恭ちゃんと話した後の方がええやろ思うてな」
「そうだな、助かるよ。俺も所長に聞きたいことあるし」
「ほな、さっそく掛けてみるか?」
 哲平が携帯を取り出そうとしたところに、ちょうど呼出し音が鳴り始めた。
 ちらっと表示を見て哲平はさりげなく立ち上がる。
「スマン、ちょお待っとってな」
 そのまま廊下に出てしばらく低い話し声がしていたが、それが止むと部屋には戻らず、足音が
座敷の方へ向かって行った。
(あれ、白虎の人からだったのかな)
 おそらくご隠居に報告することでもできたのだろう。
 時間が掛かることを予想して、恭介は自宅から持ち出したノートパソコンを手元に引き寄せた。
(哲平も結構忙しそうだな。俺の方に付き合ってもらっちゃって、なんか悪いなぁ・・・)
 本人に聞かれたら即座に突っ込まれそうなことを考えつつパソコンを立ち上げる。
 預かってきた有沢の手紙を広げて、中身の英文をテキストファイルに打ち込む作業を始めた。
そうしておいて、後でまとめて翻訳サイトにかけるつもりだった。
(えーと、やっぱりファイルは本体に残さないで、こっちのフラッシュメモリに入れておこう・・・
 あれ?)
 当面の問題となる最新の手紙を入力し、次に参考用の過去の手紙にかかろうとして、取り
上げた一通の内容にふと手が止まる。
(これ・・・ 紫宵が最初に拾ってくれたやつだよな)
 原文がタイ語で、英訳メモのついたセットだ。庭園の写真が出ている切り抜き記事も一緒に
してある。
 打ち込む前にざっと全体を読んで、ふと首を傾げた。
(思い違いかな)
 サイバリアでの記憶をたどってみたが、その場面とこの手紙の組み合わせに間違いはない。
 作業を中断したまま考え込んでいると、ふいに部屋の戸が開いて哲平が顔を出した。
「恭ちゃん」
 手招きされて、恭介は立ち上がりながらパソコンを閉じた。


 哲平と共に再び入った座敷は雰囲気が一変していた。
 久蔵は少し居ずまいを正し、哲平は真剣な顔付きになっている。
 そこで聞かされたのは、今日の尾行者達が以前恵美から聞いた話に出ていたブローカー
らしいという事だった。
「サイバリアにクソガキのガード連中来とったやろ。あんな風にタコ親父の手のモンが動く時は
 チェックされるようになってんけど、そこで係の兄さんが“別口”にも気ィついてくれてな」
 久蔵の方を見ると、黙って哲平が話を進めるのにまかせている。
 白虎組で確認をとったのなら、おそらく間違いないのだろう。
「連中は今んとこ特に揉め事は起こしとらんけど、あの場には恭ちゃんもオレもクソガキも
 揃っとったしな。念のため言うてこっちにも連絡回ってきてん」
「それで・・・ですか」
 本来なら白虎内部での話なのだろうが、恭介を呼んで同席させたのはそのためらしい。
「その連中に心あたりはあるかね」
 久蔵が訊いてきた。
「いいえ。俺の方は今まで彼等の事は噂くらいでしか知りませんでしたし・・・ ただ、そういうことなら」
 考えながら答える。隣に座る相棒に向けて尋ねた。
「哲平、確認したいんだけど。お前、今日は何処から俺の後ついてきてた?」
「朝、ここの玄関出てからずっと。いちんち中やな」
「・・・彼等がどのあたりから尾け始めたかわかるか? 俺は病院出て少ししてから、ほとんど同時に
 お前と彼等と両方いるのに気が付いたんだけど」
「あいつらが現れたんは病院からや。恭ちゃんが出てくるほんのちょっと前やった」
 恭介が有沢と病院内で会っている間、哲平は道路をはさんで向かい側にあるコンビニで時間を
潰していたのだが、しばらくして一台の車が病院の裏手から出てきて店の前で停まった。中には
数人が乗っていて、何か相談するような様子を見せた後、三人ほどが降りて、車の方は何処かへ
去ったのだという。
「うさん臭い連中やな思うてたら、恭ちゃんの出てきた後ついて歩き出しよったから、オレの方は
 見つからんように離れて追いかけてったんや」
「病院から? この家とか事務所の周りにはいなかったのか」
「帰りの事務所前にはついて来とったけど、朝はおらんかったで。この家の周りにヘンなもんなんか
 おったら、オレも兄さんらも黙っとらんし」
「てことは・・・」
 恭介は目を上げた。
「それ、なんか変じゃないか? 俺が目的の尾行なら、出先の、それも帰り道からなんて中途半端
 な所から始めたりするかな」
「それはそうやけど。でも、大将はこういうこと考えてオレに頼んできたんちゃうか」
「だとしたら、俺の動きとか事務所内の情報が何処かから洩れてるって事になるよな」
「そやからオレの携帯なんやろ? 盗聴されとるかも知れんから」
 久蔵は口を挟まずに見守っている。誠司からの頼み事も既に承知しているのだろう。
「その可能性がないとは言いきれないけど、今日彼等が本当に探ろうとしてたのは、多分
 俺のことじゃない」
「って、じゃあ・・・」
 意外そうな顔をした哲平は、恭介の次の言葉を聞いて目を瞠った。
「彼等はもともと病院の方を見張ってたんだ。そう考えればこの動き方も不思議じゃなくなる」
 何かの理由で病院の様子を探っている。そこへ診療外の時間に探偵事務所の人間が入って
行った。彼等の立場としては、探偵が何をしているのか気になる――。
「そんなところじゃないかと思います」
「ふむ。確かに筋が通るな」
 久蔵が頷いた。
「そぉか・・・ 薬扱うブローカーと病院やもんな・・・」
 ある意味まともなくらい当たり前の組み合わせだ。どんな関わりがあってもおかしくない。
「それとあの病院、何日か前に泥棒に入られたっていうんだ。先生の話では、被害はレジの
 小銭と小型金庫だけだったらしいけど」
「めっちゃ臭い話やんけ」
 眉を寄せる哲平に、恭介は苦笑した。
「まだ何の裏付けもないから、関係があるかどうかは判らないよ。でも」
 言葉を切って、視線を沈める。
「あの病院に何かあるのはおそらく間違いない、んだよな・・・」
「そやな。病院として問題なんか、それとも」
「・・・うん。中にいる誰かなのか、だな」


 その後、対応策について話がまとまってから二人は久蔵の前を辞し、恭介の部屋へ戻った。
「・・・いいのかなぁ」
 再び元の席へ座り込むと、恭介は壁にもたれて呟いた。
 これからも周囲にブローカー達が出没することが予想されるので、何かあったら哲平を通じて
お互いに連絡を取り、気をつけていくことになったのだが・・・。
「事務所はともかく、俺んちの周りまでわざわざ白虎の人達に見張っててもらうなんて」
「かまへんて。ご隠居も認めてくれはったことやし、任せとき」
「でも、依頼に関わるトラブルかも知れないだろ。そしたら白虎とは関係ないし」
 聞いた時は慌てて辞退しようとしたのだが、久蔵が相手ではどうにも抗しきれなかったのだ。
「それ言うたら、こっち関係のことで恭ちゃん巻きこんどんのかも知れへんやろ。特に今はここん家で
 預かっとる身なんやから、あんな連中ちょっとでも近寄らせる訳にはいかへんて」
「・・・うーん。まぁ、留守の部屋へ空き巣に入られて家捜しとかされたら困るから、その辺は確かに
 ありがたいんだけど」
 まだ納得せずにぶつぶつ言っている恭介を見て、哲平は溜息をついてみせた。
「なぁ、恭ちゃん。ご隠居にとっても白虎にとっても、自分が大恩人なんやいうこと自覚・・・」
「ペンダントだけは成美さんに預けてあるから安心として・・・ え、何?」
「・・・してへんな、全然」
 肩をすくめて話を変える。
「いや、そろそろ大将に電話しよかなーて」
「あ、そうだよな。だいぶ遅くなっちゃったけど大丈夫か?」
「その辺は平気やろ。ほな掛けるで」
 携帯を取り出して幾つかボタンを押す。
 数回のコール音の後、こんな台詞が聞こえてきた。
『こちら伝言ダイヤルです。本日の合言葉をどうぞ』
「合言葉!?」
 戸惑う恭介に片手を振って、哲平は電話に応えた。
「“デート現場にストーカー、ますます危険な二人の関係”」
 途端に誠司の爆笑が響く。
『さすがワトスン君、いいノリしてるなー。うちの弟子だとこうはいかないもんな。お前さんに連絡係
 頼んで正解だったわ』
「・・・聞こえてますよ、所長」
 哲平の頭を殴った手を上げたまま、恭介は温度の低い声で電話に向かって言った。
「人をダシにして何遊んでんですかっ。哲平、お前もお前だ。付き合ってデタラメな合言葉なんか
 でっちあげるんじゃない!! 大体なんだよそれはっ」
「ほんのお茶目やんか〜」
 哲平は涙目で抗議した。
『元気そうで良かったな、青少年。お世話になってる相手にあんまり無理言うんじゃないぞ』
「・・・・・・っ」
 一瞬言葉に詰まったところへ、誠司は真面目とも遊びの続きともつかない調子で尋ねかけてきた。
『んで、ストーカーって何?』
 哲平が、久蔵との話し合いの結果もまとめて今日の出来事について報告する。
『・・・なるほどな。そっちについては、ご隠居のお言葉に甘えてお任せする。帰ったらあらためて
 お礼に伺うけど、よろしく伝えといてくれ』
「いや、気にせんでくれ言うてました。一旦引き受けた以上、当然のことやからって」
「いいんですか、所長。俺・・・」
 ためらいがちに恭介が言いかけると、
『まだ上司命令は解かないからな。勝手にそこから出てったりするなよ』
 先回りして釘をさされる。
「しないっていうか、できないですけど・・・」
『依頼の方はどうなった?』
「サインは貰ってきました。あと、京香さんに手伝ってもらってます」
 今度は恭介が自分の仕事について報告する。
『ふーん、そうきたか。で、目星はついたか』
「いえ、まだこれからです」
『そうか。まぁ、帰るまで京香の方は何とかご機嫌とっておいてくれ』
 怖いと言ったのはあながち冗談でもないらしい。
「・・・それで、ちょっと気になることがあるんですけど」
 そして、恭介はその内容を告げた。
『なんでそれを俺に聞く?』
 誠司の声は面白がっているようだった。
「一応自分でも聞いてみるつもりですけど、正直に答えてもらえるとは限らないので。確認が
 取れるようだったら教えて欲しいんです」
『いいだろう。保証はできないが、わかったらワトスン君に伝言しとく』
 その答えを聞いて、恭介は呟いた。
「・・・やっぱり、所長はあの病院について調べに行ってるんですね」
 電話の向こうからの応えはない。
 哲平が目を丸くしているのに構わず、恭介はさらに尋ねようとした。
「所長。あの」
『頑張ってファイル整理しろよ。あ、そうそう、依頼品が見つかって確認しに出かける時は、必ず
 こっちに報告してからな。じゃ』
 それだけ言って、一方的に電話は切れた。



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