☆ 白石哲平誕生日 記念作品 ☆

    三月狂想曲

 春分を控えたある夜、恭介は自宅で奥の収納を開けて中身の整理をしていた。
「えっと、あと出しておく物は・・・と」
 このあと出かける予定があるので、その準備をしているところなのだ。
 床の上には旅行用のバッグが置いてあり、既に着替えなどがいくらか詰め込まれていた。テーブルの上にも小物が並んでいる。
 その時、携帯が鳴った。
 振り向いてベッドの傍に行き、充電器から取り上げて表示を見ると哲平からだった。
「もしも・・・」
『恭ちゃん、いま何処におる!?』
 なぜかやけに切羽詰まった声だ。
「何処って、うちだけど」
『良かった、まだこっちにおったんやな』
 返事をする間もなく、いきなり電話が切れる。
「え!? もしもし、哲平!?」
 呆然として表示を見直すが、やはり切れている。
(どうしたんだ、いったい・・・!?)
 すると五分もしないうちに玄関の扉が激しく叩かれた。
「恭ちゃん!!」
 急いで鍵を開けた途端、哲平が飛び込んできた。
 必死の形相で正面から恭介の肩にしがみ付いて叫ぶ。
「――頼む、オレ連れて逃げてくれ!!」
 ・・・数瞬の間、沈黙がおりた。
 それから恭介は大きく溜息をつくと、真面目な顔で問い返した。
「怒らないから言ってみろ。何処で何をやらかしてきたんだ?」
「違うっ、オレは無実やー!!」

 その数分後、哲平は部屋の定位置に座り込んで、頭の殴られたところを押さえていた。
「ひどいわ恭ちゃん、怒らないって言ったのに・・・」
「前言撤回。この時間にあんな台詞をマンション中に響くような声で叫んでくれて・・・ ここ追い出されたらお前のせいだからな」
 その前にコーヒーのカップを置きながら恭介は冷たく言った。
「だって〜」
 涙目でなおも訴えてくる顔を見て再び溜息をつく。
「手加減はしたぞ? 同情の余地はあるからな」


 これより一時間ほど前。
 この日、早目にハードラックを引き上げた哲平は、ビジネスパークと枕ヶ碕をつなぐ道のあたりでタカと睦美に出会った。
 ところが哲平に気付くと、タカが慌てた様子で小走りに寄って来た。
「白石さん、ちょうど良かった・・・!」
 そして振り返って睦美を促す。
「さっきの話、なっ?」
「なんや、どうかしたんか」
「ええ、それが・・・」
 睦美は気がすすまない様子だったが、呼ばれると仕方なさそうに二、三歩近付いて来た。
 それから哲平を睨み上げるようにして言う。
「・・・おれは絶対行かないからな」
「へっ?」
 話が見えない。
「お前の誕生日なんておれには関係ねーし、だいいち鴨居の作ったもんなんか二度と食うのはゴメンだ!! おれは、お前や
 あの探偵と違って人間なんだよ!」
「ちょっ・・・ どーいう事やそれ!?」
 タカが頭を抱えている。
「じゃあ、伝えたからな!!」
 言い捨てるなり睦美は枕ヶ碕の方に駆け出していってしまった。
「お、おい睦美!!」
「・・・タカ」
 ほのめかされた事の重大さに顔を引きつらせながら哲平は舎弟に補足説明を求めた。タカはおろおろしながら答える。
「あの、あいつ今日、学校で奈々ちゃんに捕まってこんなこと言われたとかで」

『哲平ちゃんの誕生パーティーやるから、睦美ちゃんもおいでよ! 奈々子おいしいものいっぱい作るから』

 哲平はしばらく固まっていた。
「白石さん?」
 タカが不安になって声をかけると、間をおいてようやく返事がかえってきた。
「・・・よぉ知らせてくれたわ。お前らは命の恩人や。睦美ちゃんにも礼言っといてくれ」
「う、うス」
 ――そうして、睦美を追ってタカも去っていくと、哲平は天狗橋の方へ向かって歩き出した。
 一見落ち着いているようだが顔色は真っ青だし頭の中はパニックだ。
 いつもの事ながら奈々子は厚意でやってくれている。・・・多分。
 しかしだ。どうしたって『悪気はないが致命傷』なのだ。
(ど、どないしよ・・・ やめてくれ言うても聞いてくれるような娘やあらへんし)
 恭介が助太刀してくれるとしても、出されるシロモノの質と量に抗しきれるかどうか。
 思わず唸りながら考えているところに、
「あっ、哲平ちゃん」
 その声は爆弾のように響いた。
「うわ!! な、奈々ちゃんっ」
 ご本人の登場だ。
(心臓飛び出るか思うた・・・)
 胸を押さえながら辺りを見回すと、いつの間にかとおば東通りまで戻って来ていた。
 ただでさえ敬遠されがちな哲平の風体で、しかも不穏な雰囲気全開で歩いてきたのだから、周囲の通行人がみんな
わざわざ避けていくような有様なのだが、もとよりそんな事に頓着する奈々子ではない。にこにこしながら駆け寄ってきた。
「あのねー今バイト終わったとこなんだー」
「そ、そぉか・・・ お疲れさん」
 確かめるのは怖い。とてつもなく怖いが、確認しなければある意味もっと怖い。
 哲平は意を決しておそるおそる尋ねてみた。
「・・・あのー、奈々ちゃん? オレの誕生日になんかしてくれるて聞いたんやけど」
 すると奈々子は意外そうな顔をした。
「えー?」
 一瞬希望の灯が見えたような気がしたが、現実はやはり甘くなかった。
「内緒にして驚かそうと思ったのに、もうバレちゃったの?」
(こんなん不意打ちで来られたらたまらんわっ!!)
 内心で叫びつつ、哲平は無駄な抵抗と承知で断りを入れようと試みた。
「気持ちは嬉しいんやけどな。その・・・」
「大丈夫だよー。心配しなくても紫宵ちゃんが助けてくれるから。サイバリアを貸切会場にして、料理の材料も全部
 揃えてくれるんだって。だから会費とかもいらないし」
(つ、紫宵・・・!!)
 思わずよろめきそうになる。
 そうだった。今の奈々子にはとんでもないスポンサーがついていたのだ。しかもお気に入りの哲平絡みのイベントと
くれば、紫宵も力を入れてくるに違いない。
 度重なるダメージを受けて挫けかかった哲平を、とどめの一撃が襲った。
「でも残念だよねぇ、見習いが来られなくて。大事な用事でどっか遠くに出かけちゃうんだって? せっかく哲平ちゃんの
 お祝いなのにねー」
「――――!!」
(そっ、そうや。恭ちゃん確かお彼岸の頃は留守にする言うて・・・!!)
 頭の中が真っ白になる。
「紫宵ちゃんもとっても楽しみにしてるし、奈々子がんばって見習いの分もちゃんとお祝いしてあげるからね。
 じゃあ、バイバイ!」
 明るく宣言して奈々子はさっさと帰って行った。
 残された哲平は呆然とその場に立ちつくす。
(もう、駄目、か・・・?)
 自分一人では多分この災難に耐えられない。このまま当日まで怯えながら過ごさなくてはならないのだろうか。
(いや待て)
 相棒のことを考えた時、哲平は一つだけこの窮地から脱する方法を思いついた。
 もうこれしかない。


「それでうちへ来た訳だ。・・・お前の誕生日っていつ?」
「23日」
「――なるほど、それでか」
 何か心当たりがありそうな恭介の様子に哲平は顔を上げた。
「なんか知っとったん、恭ちゃん」
「いや、そうじゃないよ。・・・言っとくけど、俺はもうその被害こうむってるからな」
「え?」
 恭介は机の前にある椅子を引いてきて座り込んだ。
「この前サイバリアに行ったら、奈々子にデザートタイムだからってまたとんでもないもの出されてな」
「って、どんな・・・?」
「お前の心の平和のために言わないでおいてやるよ。で、これは一体なんだって訊いたら『来週は当然あいてるよね』
 とか訳のわからないこと言われてさ。その頃は何日か泊りがけで出かけるから遠羽にいないって答えたんだよ」

『ええー、なんでー!?』
『なんでって・・・ 墓参りだよ、うちの両親とじいさんの。それに法事も一緒にするんだ。本当ならもっと早くやらなきゃ
 いけなかったんだけど、すごく遠い所だし、こっちもばたばたしてたから今までお寺さんに待ってもらってたんだよ』
『・・・・・・ふーん、そうなんだ。じゃあ仕方ないね』

「納得してくれたのはいいけど結局なんの話かはわからずじまいでさ。それにあの時は目の前の物を攻略するのに精一杯
 だったから気のせいかと思ってたんだけど・・・ 確か『哲平ちゃん可哀想』とか聞こえたんだよな。多分あれ、その
 パーティーに出すメニューの試作品か何かだったんだろう」
「・・・・・・・・・」
 哲平は寄りかかっていたベッドの側面からずるずる滑り落ちた。
 恭介は自分のカップを取り上げて一口飲み、そうしてから尋ねた。
「それでお前、どうするんだ? 本当に一緒に来るのか」
「・・・・・・行く」
 身体を起こして哲平は答えた。
 もともと墓参りの話を聞いた時、夏からの約束もあるし同行しようかとは言っていたのだ。だが法事の為に少ないながら
他の関係者も来ると聞いて、哲平の方から今回は遠慮する、と伝えていた。
「スマンな、恭ちゃん」
「俺はいいよ。――今から準備するんなら、忙しいぞ? まずご隠居の許可取って来いよ。あと礼装用の服とか持ってるか」
「あ、そやな・・・」
 二人はテーブルの前に座り込んで相談しながら、必要なことのメモを作り始めた。
「宿にも人数追加の連絡しないと・・・ それに」
「ん?」
 哲平は手を止めて恭介を見た。
「やっぱり奈々子と紫宵にはちゃんと謝って断り入れるんだぞ」
「・・・へ〜い」


 そして、数日後。
 二人は地方へ向かう長距離列車の中にいた。
「――考えてみたら、せっかく誕生日なのにパーティーから逃げ出して墓参りに行くなんて妙な話だよな」
「ええやん。本人が喜んどんのやから」
 恭介は苦笑した。
「普通、縁起が悪いとか言われそうだけど」
「恭ちゃんと二人っきりの旅行なんて、最高のプレゼントやないか」
「・・・馬鹿」
 哲平は本当に嬉しそうにしている。
「ねーさんの名代もしっかり務めるから、な?」
「うん・・・」
 そこでしばらく会話が途切れて、二人とも窓の外を眺める。
 まだ景色に彩りは少ないものの、所々に梅などの花が咲いているのも見えた。
「帰ってくる頃にはそろそろ桜も咲いてるかな」
「今年は春が早い言うとったし、あるかも知れんな」
「・・・誕生日パーティーが流れた代わりに花見弁当とかでリベンジされたりして」
「恭ちゃん、不吉なこと言わんといてくれーっ!!」
「その時は俺も一蓮托生だろ? ドタキャンしたんだからそれくらいの覚悟はしといた方がいいぞ」
「う・・・」
 幸福も不幸も両方乗せながら、列車は春の陽射しの中を走って行った。――――

 

                                                              【了】



★コメント

 ・MP愛好会様の誕生祭に出す予定だった作品です。結局当日には間に合ってませんが(汗)
 ・ありがちなネタですみません・・・。しかしギャグってむずかしいですね〜。
 ・一応、この話は、ここで終わりです。この後の墓参旅行の内容についてはまた別の話というか、先にネタを残したというか。
  しかしそんなものを書く日が来るのかどうか(遠い目)。連載をはじめ宿題はたくさんあるのに。(←自業自得)
 
   

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