MP小話

 〜 零れた風景

 ここは、物語というより小さな “風景のかけら” のような、短い文章を置きます。
 時間軸も特に定めていません。本編内のこともあり、そうでないこともあり。
 テーマはその都度増やしていく予定です。

 ※タイトル文字が濃いものが現在公開中です。


●食べ物シリーズ (オリジナルお題)
・カレー ・コロッケ ・ラーメン ・味噌汁 ・コーヒー(紅茶)
・おせち料理(お正月特別編) ・煎餅(リクエストお題) ・肉じゃが(リクエストお題)

他にご注文はございますか?(笑)




●カレー
  終業時刻になった事務所で
 「じゃあ、今日はこれで上がりますね」
 と言って上着を取り上げたら、二つの声が返ってきた。
 「おう、お疲れさん」
 「あっちょっと待って、真神くん」
  振り返ると京香さんは給湯室へ入って、何かを持って戻ってきた。
  ・・・うわ。
 「あ、あのね。これ、良かったら貰ってもらえるかしら」
  恥ずかしそうな表情と共に差し出される、かなり大きめの四角いプラスチック製密封容器。
  透けて見える色と漂う香りからして・・・
 「カレーですか」
 「あー、頼むわ。お前さんがそれ持ってってくれれば一食分片づくから」
 「――いただきます」
  相変わらず京香さんの料理は量の調節が上手くいかないらしい。この間もおでんを小鍋一杯分くらい貰って帰ったっけ。
でも正直、家計的にも家事労働的にも大変助かるので、いつもありがたく頂いている。
 「今回はだいぶ努力したんだが、それでも4.5日分ってとこかな。まぁ、一週間分に比べれば減ってはきたけどな」
 「お父さんっ!!」
  ・・・一応、進歩のあとは見られるらしい。
  恒例の親子喧嘩に発展する前に、礼を言って扉の向こう側に避難した。
  階段を下りながらお土産品を眺めて思案する。結構たくさんあるから、普通にカレーライスにするだけじゃ余りそうだし、もったいない。
  応用メニューを考えながら帰ることにした。




●味噌汁
 ご隠居が留守の間の柏木邸。
 哲平にせがまれて、朝食を作ることになった。
 台所を借り、冷蔵庫の中のものを使わせてもらって出来上がったのは、ご飯と豆腐の味噌汁に焼き魚。
 あと漬物を刻んで、ついでに海苔も出してみた。
「わ〜」
 座敷の食卓に並べると、何故か哲平は目を丸くしている。
「恭ちゃんってホンマ何でも作れるんやなぁ」
「これくらい普通だろ」
 干物焼いて、味噌汁作っただけだし。
「海苔がぱりぱりしとる・・・」
「うん、ちゃんとした海苔だったから炙ったんだ」
 さすがはこの家の食材で、缶入りパック個装されてるのとは違う。とはいえ、火に炙って使う海苔なんて俺も久し振りだ。
 味噌だって、うちで使ってるような特売のだし入り味噌じゃない“本物”だったから、だしをどうしようかちょっと迷った。結局時間の問題で、
粉末だしで済ませちゃったけど。お手伝いさんは普段きちんと作ってるみたいで、削り節も昆布も煮干も乾物の入れ物には全部揃っていた。
 そう言ったら、哲平は目をぱちくりさせた。
「ふえー、そんなことまでするんか? 味噌汁のために」
「ご飯と味噌汁の作り方くらい、小学校の家庭科でやったろ」
「忘れたわ、そんなの。第一オレ、鍋に水入れて火ィつける役しかやってへんし」
「・・・なるほど」
 なんか様子が目に浮かぶ気がする。
「昆布や削り節はまぁ水ン中入れたらええやろ思うけど、煮干てあれどないするんや?」
「削り節は水じゃなくて煮立ってからだって・・・ ああ、知ってるよ。一時ずっと煮干でだし取ってたことあるし」
「ええー!?」
 じいさんと一緒に暮らしてた頃は、朝は必ずご飯と味噌汁だった。学校がある時は急ぐから適当にしてたけど、夏休みなんかは結構
手をかけて作ってた。
「あれ、頭とはらわたを取ってから鍋に入れるんだよ。でないと苦味が出ちゃうからね」
 前の晩にそうしてちぎった煮干を鍋の水に浸しておくのだが、ゆうべは哲平の部屋を掃除するので手いっぱいだったから、朝食の下ごしらえまで
気が回らなかったんだ。
「あれだけ片付けたんだから、今度は2日といわず、もう少し保つんだろうな」
 睨み付けると、哲平は慌てて飯をかきこんで視線を逸らした。
「いやー美味いなぁ、恭ちゃんの作ってくれたメシ。おかわりしてええ?」
「こら、ごまかすな」
「あ、今日の調査まだ相談してへんやろ。どないするか決めんとー」
「・・・・・・」
 やっぱり、もう1回くらいは様子を見に来たほうが良さそうだ。




●おせち料理
 待ち合わせの時間ぎりぎりに到着すると、マスターはもう店(スピリット)の前に立っていた。
「すみません、お待たせしちゃって」
「いいえ、私もちょうど着いたところですよ」
 いつもの優しい笑顔で、そう言ってくれる。その手には少し大きめの風呂敷包みが提がっていた。
 対して、こちらの持っているのはかなりマチの大きい手提げ袋だ。
「貴重なお休みにわざわざ来てもらって、ご迷惑じゃなかったですか?」
「年末年始の買物でこちらには出てきますし、ついでに店の様子も見ることにしてますから。特に変わらないですよ」
 それじゃあ、と言ってお互いに持ってきた荷物を交換する。
「・・・マスター、これ一人分にしてはすごく多くないですか」
「真神くんだって、そこにもう一つ持ってるでしょう」
 顔を見合わせ、それから一緒に笑い出してしまう。
「・・・お見通しですか」
「そんなことになりそうな気がしたんです。多目に用意してきて良かったですね」
 きっかけは、年の瀬に交わした会話だった。正月の話題になった時、何の気なしに聞いた言葉からはじまったのだ。
『マスターは、おせちの用意はされるんですか?』
『いえ。ひとりですし、私は前にもお話しましたけど、和食を作るのも苦手ですしね。お店もこの時期は休みをいただいてますから、お正月と
 いっても簡単なもので済ませてしまうんですよ』
『・・・ああ、そうですよね。ひとりだとわざわざ作ろうとはあんまり思わないし』
 俺も、もう作る必要もないだろう。そう思って相槌を打つと、マスターはこちらを見て、
『真神くんは今まで自分でおせちを作っていたんですか?』
と聞いた。
『ええ。といってもきちんと定まった通りの品目じゃなくて、うちの好みというか食べたい物にすりかえちゃってましたけどね』
『ご家庭の味なんですね。いいですねぇ。――真神くんの作るものは美味しいとよくお聞きしてますから、一度いただいてみたいものですね』
『えっ、そんな・・・ 俺はただ家事でやってただけだし。プロのマスターにかなうようなもんじゃないですよ』
 そこからどういう訳か話が転がりだして、俺が和風で、マスターが洋風で、それぞれ正月用料理を作って交換しようということになってしまった。
『私のはおせちというよりオードブルのようなものになってしまいますけどね』
『いいんですか? 俺のは素人の家庭料理ですよ、ほんとに』
 そんな訳で今年も我流のおせちを用意することになったのだが、それを聞きつけた哲平や成美さんが黙っているわけがなかった。
『恭ちゃんの手料理!? それにマスターのオードブル!? そんなもん独り占めしたらあかんてっ』
『ずるいわよ恭介。ちゃんとこっちの分も作りなさい』
『いや、ずるいって・・・ マスターの料理はともかく、ご隠居の家は立派なおせちが用意されてるじゃないですか。なんで俺のなんか持ってく必要が――』
『『それはそれ、これはこれ!!』』
 二人一緒に断言されてしまった。
 ・・・そんなわけで、俺が持ってるもう一方の手提げ袋はこれから柏木邸に持って行く分なのだった。成美さんとの付き合いが長いマスターは、
その辺のことまで予想して量を作っておいてくれたらしい。
「ところで真神くん、これですけど、少し所長のお家にお裾分けしてもかまいませんか」
「え?」
 確かに、多人数分作ることになったんで、俺からマスターへの分も結構多目に入ってはいるんだけど。所長の家では京香さんが張り切って
正月の支度をしてるだろうから、俺の出番なんかないと・・・。
 そこまで考えて気がついた。
 マスターは、少し申し訳なさそうな笑みを見せた。
「いえね、余計なお世話かと思いますけど、所長も松の内には少し違う味の物も召し上がりたくなるんじゃないかと思いましてね」
「・・・俺はかまいません。マスターにお任せします」
「・・・ありがとうございます。柏木家の皆さんにもよろしくお伝えくださいね」
 それから、お互いに深々と礼を交わして別れたのだった。



●煎餅
 「サイバリア」の店名が書かれた扉が開閉し、カツンとヒールの音が響いた。
 扉の外は酷暑の夏、ならば如何にエアカーテンで仕切られていようとも多少は熱気が入り込んできそうなものだが、居合わせた客達が一様に感じたのは
氷嵐(ブリザード)もかくやという冷気だった。
 足音の主は店内を見回し、それからとある席の背後に立った。
 他の客から怖れと同情と憐憫の目を向けられたその席の主は、この店の常連なら知らぬ者はない青年だった。
「真神さん」
 呼ばれた途端、青年は背筋を伸ばした格好で固まってしまった。
「はっ、はい!」
「うちの先生を見かけなかったかしら?」
 身にまとう極寒の蒼き炎とは正反対の春風が如き微笑を浮かべてみせたのは、諏訪法律事務所の優秀なる女性秘書だった。
 対する青年もまた鳴海探偵事務所の優秀な所員だったが、女性には弱いとの評判がささやかれていた・・・。
「いいえ、お会いしてないですっ」
「そうなの? 店長はいかがかしら」
 凍てつきそうな視線を向けられて、カウンターの前に立っていた店長は慌てて首を横に振った。
「今日はまだお見えになってません」
「あら、困ったわね。それじゃいったい何処に行かれたのかしら」
 小首を傾げて眉を寄せた愛らしい表情の背後で、冷たい炎が膨れ上がる・・・のが見えたように、店内一同は感じた。
 その時、再び扉が開いた。
「あー暑かった〜っ。店長、アイスコーヒー1つねー」
 入ってきたのは、一部客にカリスマ的人気を持つ、この店でバイト店員を務めている女子高生だった。
「な、奈々子っ!!」
 青年が掛けた制止の声も、店内の異様な雰囲気も、まったく気に留める様子がない。
「あれー? 諏訪さんとこのお姉さんだー。こんにちはー」
「こんにちは。お嬢さん、もうお帰り?」
「うん。今ねぇ、テスト期間中だから学校終わるの早いんだよー」
「そうなの、頑張ってね。・・・ところで、もしかして何処かでうちの先生を見かけてないかしら」
「諏訪さん? もうすぐその辺に来ると思うよ。さっき、大きな袋かかえてとっても嬉しそうにこっちの方へ歩いてくるの見えたから」
 その瞬間、店内の空気が凍りついた。
 女性秘書はちらっと扉の外を透かし見て
「あら、本当。どうもありがとう」
と呟くと、さっと身を翻して店の外へ出て行った。
 ――ややあって、固唾を飲む店内の人々の耳にこんな叫びが壁の向こうから響いてきた。
『ま、待ってくれ梨沙君、これには事情が!! 限定品なんだよ、いつ店頭に出るかもわからない逸品なんだ、この“割れ煎詰め合わせお徳用袋”はっっ!!・・・』
 店長と青年は沈痛な表情で瞑目したのだった。





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