☆ 八重島 かおる(マスター) 誕生日 記念作品 ☆
12月24日、深夜。 とおば東通り繁華街の一角にあるバー「スピリット」は閉店時間を迎えた。 予約が入っていたパーティーも終わり、フリーで訪れていた客もほとんどが帰って、店内にいるのはマスターであるかおると、この店の 最強常連客である誠司の二人きりになっていた。 誠司の周りのもっと若い連中は、娘や弟子も含めて既に柏木邸に場所を移していて、今も騒いでいる頃と思われた。 「――いいクリスマスになりましたね」 グラスを磨きながら、かおるは微笑んだ。 「ああ・・・ またここで気兼ねなくかおるちゃんの顔見ながらのんびりできるようになったなぁ」 「貴方が帰ってきてくださって、嬉しいですよ。新しいお客様も増えましたし・・・ 今年は本当に良い年になりました」 「ウチの弟子とか? あの女王様の弟じゃあ、手間も余計に掛けさせてんだろ。『非常時』には遠慮せずに呼び出してこき使ってやってくれ。 どうせ身内の世話なんだしな」 「いえ、その・・・ すみません・・・」 平気な顔で “お守り役が増えて良かったよかった”とうなずく誠司に、かおるは申し訳なさそうな顔をした。 「私が不甲斐なくて、皆さんについ頼ってしまって」 「あのねーさんは例外だろ。相手役が増えたから前より回数は落ち着くだろうし、一種ここの名物にもなってるくらいだから、客の方だって 承知の上だ。掃除と後片付けは大変だろうが、それも若いの使っちゃってくれていいから」 太っ腹な雇用主である。 「いえ、さすがにそこまでは」 そこへ、店の扉が開いて男が一人入ってきた。 閉店の断りを告げようとしたかおるは、相手の顔を見て表情をあらため、会釈した。 きちんとスーツを着こなした壮年のその男は、カウンターへ歩み寄ってきて上等な生地の風呂敷包みをかおるに差し出し、頭を下げた。 「少し早いですが、年末のご挨拶です。今年も大変お世話になりまして・・・ くれぐれもお礼申し上げるよう、言いつかってまいりました」 「いつもありがとうございます。こちらこそ感謝しておりますとお伝えください」 「確かに承りました。では、これで」 男はもう一度頭を下げると、誠司の方にも一礼してから店を出て行った。扉が開いた時、外の階段に2,3人の若い衆が直立不動で並んで 迎えているのがちらりと見えた。 礼を返した誠司はそれを見やって、グラスを口に運んだ。 「しばらく来ない間に、お使い役の格が上がってるねぇ」 風呂敷包みの中身をそっとあらためたかおるも、少し溜息をつく。 「去年より多くいただいてますね」 「いいんじゃねぇの? 世話する人数も増えてるんだし。馴れ合いで貰ってるもんじゃなくて、ちゃんと損益分の補償だし」 「ええ・・・ でも、真神くんや白石くんが来てくれてから、確かに以前ほどではなくなってきたんですよ」 応えてから、ふと何かを思い出したように目を細める。 「何?」 「いえ・・・ さっき、懐かしい言葉を聞かせてもらいましたから・・・」 『えっ、今日がお誕生日だったんですか? ・・・でもそれって、なんだかすごくマスターに似合ってる気がしますね。 神様の誕生日祝いのひとつ手前だから、聖人、って感じで。クリスマスイブはサンタクロースの活躍する日でもあるし』 それは、クリスマスパーティの際中に今日がかおるの誕生日だと聞かされて、恭介が洩らした感想。 「私は聖人なんて柄ではありませんのに・・・。むしろ、好き勝手放題やってきた、欲深い人間そのものでしょうね」 若い連中が聞いたら即行で首を横に振り回しそうな言葉を述べてから、かおるは持っていたグラスを所定の位置におさめた。 それから誠司にちょっと会釈して、 「失礼して表の看板を入れてきますね」 と言ってカウンターから出て行く。その手に何か銀色に光る物があるのを、誠司は軽く首を振って見送った。 しばらくして店の外を片付けたかおるが戻ってくると、誠司は振り向いて尋ねた。 「その懐かしい台詞って、彼女が言ってたの?」 「はい? ――ええ、そうなんです」 今はインテリアデザイナーとして国際的にも活躍している、かおるの元の妻。 知り合って間もない頃、彼女もかおるの誕生日について同じような言葉を使っていたのだった。 “あなたがこんなに心が大きいのは、多分そのせいもあるのね。神様よりひとつ手前の日生まれだから、聖人なのよ、きっと” 「ふーん」 ニヤニヤされて、かおるは少し慌てたような様子になった。 「も、もうずっと昔のことですよ」 「ふーん。成程ねぇ」 誠司は、中身が残り少なくなったグラスを手の中で回した。 カウンターの中に戻ったかおるは、すっかり片付け終わったキッチンの中で、新しくカクテルグラスをひとつ取り出した。 「もうそろそろ、まとまり直したって良い頃じゃないかと外野は思ったりするけどね」 かけられる言葉を、少し笑って受けとめる。 『きちんと仕事がしたい』と云って別れて行った彼女。それは仕事にかける彼女の覚悟のほどでもあった。かおるはそれを認めて彼女の手を 離したのだ。そして彼女の努力の結果、現在の評価がある。 「いえ、私達はもう、これでいいんですよ」 「・・・ごちそーさん」 誠司は肩をすくめた。 「あー、でも彼女には感謝しないとなぁ。都心の某一流ホテルに引き抜かれるところだったの、止めてくれたの彼女だろ」 「ええ・・・」 「この店が無くなっちゃうのは大問題だもんなぁ。ホントに助かったよ」 「おかげで、今もこうして皆さんをカウンターでお迎えできます。ホテルの組織の中で人を使って、現場にいられなくなるなんて、私には向かない ですから。でも、紹介してくれた方には申し訳ないことをしました」 「そういうところが『聖人だ』って云われるんだろ。あのあと相当ひどい嫌がらせをされてたんじゃないか」 「もう済んだことですよ。――それに、この世界では先輩後輩の力関係は強いですからね。普通、上からの命令には逆らえません。それを、 せっかく引き立ててくださるのを断ったわけですから。当然のなりゆきでしょう」 「それじゃバーテンダー業界が誤解されちまうぞ。あんな先輩や師匠はそういないだろう」 かおるはにっこり笑った。 「ええ。ですから、あの時もたくさんの方に助けていただきましたよ」 誠司は処置なし、というように手を上げた。 「じゃ、そろそろ俺も退散するわ。年に一度の逢瀬をお邪魔するわけにはいかないからな」 「すみません。お気遣いいただいて」 「奥さんによろしく。良い夜を」 「おやすみなさい」 半地下の階段を上がって外へ出ると、その場を離れる前に、誠司は灯の消えた店名のプレートを見上げた。 そこには銀紙で作られた星がひとつ、夜の中で光っている。 毎年この晩だけ飾られる彼女への目印。キリストの誕生を礼拝するために旅した東方の三博士、彼等を導いたという星のように、それは この日、彼女をかおるの元へ導くためにある。 今頃かおるはカウンターの中で、彼女を迎える準備をしているはずだ。用意するのは、彼女の名を付けた一杯のカクテル。 どんなに多忙でも、この時だけは必ず彼のもとへ訪れる、最愛のひとのために。 そして間もなく彼女はやってくるだろう。白い息を吐きながら、この星を目指して。 「Happy birthday, and Merry Christmas」 誠司は呟いて、スピリットを後に、自分を待つ賑やかな光のもとへ向かって行った。 【了】 |
★コメント :やっぱり当日中には間に合わなかった・・・。 マスター誕生日記念作品です。 当初はもっと奥さんとの恋愛エピソードが並ぶ話を考えていたのですが・・・ 所詮そーいう繊細な話が書けないヤツ でして(汗)。慣れないことはするもんじゃないです。ラブストーリーを書こうっていうのがそもそも無謀でした〜。 で、落ち着いたのがこんな形です。どんなもんになりましたでしょうか。 元ネタは、「マスターは離婚暦があって、奥さんだった人は現在有名なインテリアデザイナー」というエピソードからです。 6話でしたっけ。それとも5話?(今急いでて確認できなくてすいません) どうしてもお互い悪感情があって別れたとは思えなくて。こんな感じで話を捏造してみました。 クリスマス(=12月25日)は正確にはキリストの「誕生日」ではなく、「誕生を祝う日」だそうですね。 一応、一般的な「聖人暦」もあたってみたんですが、12月24日が「命日」の聖人はあっても、「誕生日」の方では 見つかりませんでした。なので、作中のエピソードは「個人的な感想(印象)」ということで。特に史実はありません。 |
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