〜 Prologue 〜

 遠羽市:鳴海探偵事務所 - 現在 -

 その日、鳴海探偵事務所は臨時休業になっていた。
 事務所の入っている古い建物で今度改修工事が行われることになり、それに伴って一部の壁に面している棚を移動しなければならなくなったのだ。
 大きな家具を動かすには人手が足りないので助っ人が呼ばれ、本日鳴海探偵事務所は京香、恭介、哲平の三人がかりで大掃除状態になっていた。
 棚の中身を全部出しておいて、接客用のソファやテーブルを脇に寄せて道を開ける。そうしてやっと棚本体を部屋の反対側に持っていけるようになった。
力仕事はもちろん恭介と哲平の担当だ。
「ごめんなさいね、白石くん。手伝ってもらっちゃって」
「ええですって。こんなん、ねーさんの店でめっちゃ高い商品に気ィ使いながら掃除させられんのに比べたら全然楽勝やし」
「ってこら! 乱暴に動かすなよ、哲平。角ぶつけて壁に傷つけたりしたら、うちの事務所が管理会社に修繕費払う羽目になるんだからな」
「へいへい」
 なんとか無事に移動が終わると、退かした家具を元に戻して、さっき取り出した中身を棚に入れ直すことになる。
 その前に軽く掃除をしておこうと棚板を雑巾で拭いていた恭介は、奥に何か引っかかっているのに気がついた。
「あれ・・・?」
 あちこちの隙間から押したり突ついたりして取り出してみると、それは一冊のファイルだった。少し埃が付いているが、幸い何処も折れたり曲がったりは
していないようだ。
「こんな所にファイルがありましたよ」
「あら、本当」
 振り向いた京香は眉を寄せた。
「もう、お父さんったら、どうして大事な物をあちこちに散らかしておくのかしら。こっちの棚のと一緒にしておきましょ。いつ頃のかしら」
「えーと・・・」
 埃を払って頁をめくった恭介は、途中で手を止めてしまった。何やら考え込む顔になっている。
「・・・ファイルじゃなくて、アルバムだったのかな、これ・・・」
「どしたん、恭ちゃん」
 ひょいと覗き込んで、哲平が声を上げた。
「へー、結婚式の写真やないか。誰のや?」
「わかんないよ。俺も初めて見たんだから」
 開かれた頁の上半分には、綺麗なウェディングカードが張ってあって、その下には何枚かスナップ写真が並んでいた。大きな教会の前で撮った
ものらしく、十字架のついた建物の入口中央に白いドレスの花嫁とタキシードの花婿が並んで立ち、周囲を参列者と思われる人々が取り巻いている。
その中の一人を見て恭介は目をみはった。
「これ、もしかして所長?」
 今よりかなり若い頃の姿のようだが、間違いない。
「ええ!? お父さん?」
 京香も慌てて寄ってきた。すると今度は哲平が、
「お、こっちにおんのは京香ねーさんやないか」
「えっ」
 云われてみると、三人ほど写っている子供達のうち、一人が確かに京香だった。清香と一緒に写っていた時より、少し大きくなっているようだ。
「お前よくわかったな・・・」
「ホント!? やだっ」
 京香は赤くなって二人の手からファイルを取り上げた。どうも恥ずかしいらしい。
「ええやないですか〜。きれーな服着ておめかししとったし、可愛ええのに・・・」
 哲平の残念そうな声を背中にデスクまで逃げた京香は、開いた頁に目を落として意外そうな顔になった。
「あっ・・・」
 写真を見直して、独り言のように呟く。
「これ、こんな所にあったのね――」
「何か特別な思い出でもあるんですか」
 その様子を見て恭介がたずねると、京香は顔を上げてちょっと笑った。
「そうね。この結婚式ではフラワーガールをつとめたのよ、私」
「確かそれって、バージンロードを先導する役の女の子のことですよね。花籠とか持って」
「へー。そんなことよう知っとんなぁ、さすが恭ちゃん」
「・・・前に奈々子にそういう雑誌を無理矢理見せられたんだよ。『理想の結婚式特集』とかいう」
 あとの二人は笑い出し、京香は戻ってきてソファに座った。テーブルにファイルを広げて写真を指さす。
「そう、それでね、こっちの女の子・・・私と同い年で真奈ちゃんっていうんだけど、彼女がトレーンベアラーになってね。その弟で、巧実くんていう
 こっちの男の子がリングボーイをやったの」
「恭ちゃん、解説よろしゅう」
「ええ!? ――え〜っと、『トレーンベアラー』は花嫁さんのベールの裾を持つ役で、『リングボーイ』が結婚指輪を運ぶ役。どの役も、たいてい
 新郎新婦の親戚の子供達がつとめる・・・だったかな」
「よくできました」
 京香が褒めてくれた。
「真奈ちゃんと巧実くんは、花嫁の夏美さんのきょうだいなの。夏美さんの家は母方の親戚筋にあたるから、私にもフラワーガールをやらせてくれたのよ。
 三人一緒に晴れ着を揃えてもらってね」
 ウェディングカードの傍らに添えられている押し花を示して、
「ブライダルブーケから一輪もらったのよ。嬉しかったからこうして取っておいたの。何処にいったのかしらと思ってたんだけど・・・」
「じゃあ、良い思い出なんですね」
 恭介が言うと、何故か京香は少し困ったような表情になった。
「あ、うん。もちろんめでたしめでたしで終わったんだけど・・・」
「――つまり、式に至るまでに何かあったんですか」
「ちょっと・・・事件がね」
「え!!」
 聞いていた二人の表情が変わった。
「それ、所長が解決したんですか?」
「やっぱ大将も『探偵の行くところ事件あり』、っちゅうやつなんか」
 ものすごく聞きたい、と書いてあるような二人の顔を見て、京香は思わず笑い出した。
「――じゃあ、この辺でいったん休憩にして、お茶でも飲みながら少し話しましょうか」
 お茶の用意がととのうと、ソファに座り込んだ三人で、テーブルに置いたファイルを囲みながら昔語りが始まった。
「・・・私が小学校の高学年くらいの頃ね。夏美さんのお家、笹木さんていうんだけれど、夏は毎年のようにそこへ遊びに行ってたのよ――」

 

  ☆ 20000hit リクエスト作品 ☆
   森の都の花嫁 〜 鳴海父娘の事件簿 〜


 
【第1回】

 某地方都市 - 十数年前 -

特急列車が駅にすべり込んで行くと、車内の席で窓に張り付いていた京香は嬉しそうに声を上げた。
「お父さん、見えたよお姉ちゃんたち!! ほらあそこっ」
 隣の誠司の手を引っ張って、自分のリュックを背負いはじめた。
「はいはい・・・っと」
 急かされて、誠司も網棚の上から荷物を下ろす。
 車内には到着を知らせるオルゴールとアナウンスが響いていた。周囲では同じように降りる支度をしている乗客たちが通路へ歩き出したり
話し合う声がしたりして賑やかだった。
「お父さん、早く早く」
 乗降口の前の列に並んで待っていると、車窓の外を流れる景色がだんだんゆっくりになって、やがて停止する。
 順番が来て扉からぴょんとホームに飛び降りた京香は、いちもくさんに目当ての方向へ走って行った。
「転ぶなよー」
 後ろ姿に声をかけて、誠司はあたりを眺めながらついていく。 
 ホームは到着した客と迎えに来た人が混じって込み合っていた。待ち人が見つからないのか、所在なげに立っている者がいるかと思えば、
無事落ち合って大声でおしゃべりを始めている集団もある。
 前方では、一足先に目的地に到着した京香が、待っていた二十代前半くらいの女性――夏美にとびつき、そのあと今度は隣で待っていた真奈と
手を取り合って飛び跳ねていた。もう一人いる男の子、巧実が傍でそれを少しつまらなそうな顔で見ている。
「おじさま、いらっしゃいませ。遠い所お疲れさまでした」
 誠司が近付いて行くと、夏美がそう挨拶した。ショートカットの髪が元気そうな表情によく似合っている。
「なかなか大人の挨拶をするようになったじゃないか、夏美ちゃん」
 誠司が笑うと、少し拗ねたような口調で返された。
「もう、私のこと幾つだと思ってるんですか? もうすぐお嫁にだっていくのに――」
「そりゃ失礼。で、花嫁修業は順調なのかな?」
「こないだ鍋ひとつ焦がしてダメにしたよ・・・痛てっ!!」
 余計な報告をした弟はすかさず制裁をくらった。
「うるさいわよ、巧実」
「なんだよー、ホントのことじゃないかぁ」
「・・・強く生きろよ、少年」
 一方、女の子達はおしゃべりに夢中だった。
「あのねぇ、大学の農園に子ヤギや子牛が出てくるようになったんだよー。すっごく可愛くてねぇ、ちょっとなら触らせてもらえる時もあるんだよー」
 三人きょうだいの二番目、真奈は少しおっとりしたような話し方をする。
「ほんと!? わあ、見たいなー」
「でしょう? うちに着いたら一緒に行こうね」
「うん、行く行く!!」
 巧実が文句を言った。
「動物なんか七木山の動物園で見りゃいいじゃないか。おれ、遊園地の方のゴーカートに乗りたいのになー」
「今日はダメって言ったでしょ。夏休みはまだあるんだから、また今度ね」
「今度っていつだよ・・・」
 弟の不満を無視して、夏美は一同を引き連れ、駅前のタクシー乗り場に向かった。
 駅の建物を出ると、大通りの街路樹が夏の陽射しに輝きながら、行き交う人々の上に涼しい陰をおとしている。
 二人の大人と三人の子供をぎゅうぎゅうに詰め込んで、タクシーは駅のロータリーを巡ってから市街へと出て行った。

 遠羽市から北東へ数百km。緑豊かなこの街はこの地方の中心都市であり、その美しさから“森の都”とも呼ばれている。
 誠司と京香がこれから夏休みの数日間を世話になる笹木家は、市内中心部からわずかに離れた住宅街の中にあった。
 途中、タクシーの車内では子供達がはしゃいで喋りあっている。
「あ、市役所の噴水!」
「県庁の花時計もきれいに咲いてるよ」
「わ〜、すごい高いビルー。前あんなのあったっけ?」
「この間できたんだぞ。すごいだろー。真っ黒でぴかぴかしてて、カッコいいよな。一度あの中に入ってみたいんだよなー」
「あれ、どっかの会社なんでしょう? 子供は入れてくれないと思うけど・・・」
「ちぇ」
「あんた達、ちょっと静かにしなさい!!」
 夏美がたまりかねて叫ぶのを、誠司は前の席からちらっと振り向いて笑った。
 車は広い国道を直進し、やがて大きく東側にカーブしていく部分の手前でウィンカーを出して停まった。
 そこはちょうど路地の入口で、奥に並んでいる何軒かのうちの一軒が笹木家だった。
 車のドアが開くや否や、子供達はまず巧実、続いて京香、最後に出遅れた真奈が「待ってー」と言いながら家の方に向かってとび出して行った。
「こらっ、急に出てったら危ないでしょ!! 気を付けなさいっ」
 夏美が怒鳴ってもどこ吹く風だ。
 全くもう、と云いながら彼女が料金を払っている間に、誠司はトランクを開けてもらって外に出た。
 車の後部から荷物を取り出していると、呆れたことに子供達がもう戻ってきて、横をすり抜けて走って行く。
 三人の見事な駈けっぷりを眺めながら誠司はひょいと手を伸ばし、京香の頭を、首を痛めないよう器用に抑えて止めた。
「わ!!」
「きゃっ」
 京香と、ついでに後ろを走っていた真奈がその背中に衝突して立ち止まる。
「お、お父さん?」
「おばさんにちゃんと挨拶したか?」
 京香は真面目な顔をして見上げ、頷いた。
「しました! おじさんは、まだお出かけ中だって」
「いつもの注意は覚えてるな? 何処へ行っても同じだからな」
「はいっ」
「そうか。――んじゃ、行ってよーし。気を付けてな」
「うんっ!」
 手を離すと女の子達は再び駆け出して、曲がり角で「早く早く」と云いながら足踏みして待っていた巧実と一緒になると、あっという間に向こうへ
姿を消してしまった。
「・・・京香ちゃん、元気そうで良かった」
 タクシーから降りてきた夏美が、その様子を見送って呟いた。数年前に清香のことがあって以来、彼女はずっと遺された京香のことを気にかけて
いたのだった。
「ありがとな。元気すぎて困るかも知れんが、まぁそこは保母さんの実力でひとつ頼むよ」
「元・保母ですけどね。・・・ええ、京香ちゃんだってうちのもう一人の妹みたいなものですもの。こっちにいる間は任せてください」
 それから二人はお互いの家の近況について言葉を交わしながら、笹木家の前へ向かった。
 玄関に入る前、誠司が国道の方に目をやると、傍らの木立ちでセミがやかましく鳴き始めた。北の都市も夏の盛りを迎えていた。

「ごめんなさいねぇ、誠司さん。うちの人、お着きになる頃までには戻るって云ってたんですけど・・・」
 ダイニングキッチンのテーブルに麦茶の入った湯呑を置きながら、笹木家を仕切る主婦、三人きょうだいの母親である昭枝はすまなそうな顔をした。
「父さんの予定なんていつも当てにならないじゃない」
 夏美が言い放つと、誠司は顔を掻いた。
「耳が痛いなぁ」
「あら、おじさまのこと言ったわけじゃないわよ。もう警察勤めじゃないんだから、ちゃんと京香ちゃんの待ってるお家に帰ってあげられるんでしょ?」
「勤務時間が不規則なのは今も似たり寄ったりなんだけどー・・・」
 誠司は口の中で呟いたが、小さい声だったので周りには聞こえなかったようだ。
 夏美は冷蔵庫に手を掛けながら続けた。
「父さんときたら糸の切れた凧みたいに、何処へ行っていつ帰ってくるかなんて全然判らないんだから」
「・・・どうもすいません」
「どうして、おじさまが謝るの?」
「いや、なんか聞いてたら京香に怒られてるみたいな気分になってきちゃってさ」
 それを聞いた笹木家の女性二人は笑い出した。
 一家の父親こと笹木榛行(はるゆき)は、ある全国紙の地元支局に属する新聞記者だった。親戚付き合いを抜きにしても、その点で誠司と親交が
あったのだ。
 今日は久し振りに休みを取って鳴海親子を迎えてくれることになっていたのだが、急な呼び出しの電話が入ったとかでそのまま出て行ったきりらしい。
「京香ちゃんもこんな風に怒るの?」
「そうだなぁ、どっちかっていうと俺本人より迎えに来た部下に向かってよく怒ってたな。『連れてっちゃダメ』ってさ」
「あー、その気持ちわかるなぁ。私も小さい時、父さんに電話が掛かってくるのがすごく嫌で、電話を座布団で簀巻きにして押入れに隠しちゃおうと
 したことあるもの」
 夏美は頷いた。
「大抵の奴は上手く受け流してくれんだけど、一人だけ若いのでまともに相手しちゃうヤツがいてさ。玄関先で二人して大ゲンカしてくれるんで、
 なだめる手間が倍増」
「すごーい。京香ちゃん、頑張れっ」
「これ、夏美!」
 昭枝がたしなめた。
「つまらないこと言ってないで、買い物してきてちょうだい」
 冷蔵庫の横に張ってあったメモと財布を渡し、「北駅前のスーパーでね」と言い添える。
「えー、どうして!? 国道の向かいの店じゃ駄目なの?」
「今日はあっちが特売日なのよ」
「・・・は〜い」
 夏美がしぶしぶお使いに出かけたあと、誠司は昭枝に煙草屋の場所を尋ね、少し散歩してくるとことわって笹木家を出た。

 国道沿いの歩道をカーブの方に向かうと、大きなカトリック教会がある。近くには付属の幼稚園もあって、夏美は最近までそこで保母として勤めていた。
彼女は信者ではないのだが、その縁があったので、この教会で式を挙げさせてもらえることになったと聞いている。
 カーブを通り過ぎて北の方へ向かうと、やがてローカル線の小さな駅の前に出る。周辺は地元の商店街になっていて、夏美がお使いを言いつけられた
スーパーマーケットもその中にあった。
 教わった煙草屋でいつもの銘柄を買い足すと、誠司は民芸品店も兼ねているその店内をしばらく見て回った。それから外へ出て、商店街の中を
ぶらぶらと歩く。
「・・・・・・」
 やがて、目当てのものが見つかった。
 誠司はそこでさりげなく建物の陰に寄り、煙草に火を点けて待つことにした。
 十五分ほどして、そこから見えるスーパーマーケットの入口に夏美の姿が現れた。買い物の袋を提げて、真っ直ぐ家の方へ帰って行く。
 すると、近くの本屋の店先で週刊誌を立ち読みしていた若い男が本を置き、少し間をおいて同じ方へ歩き始めた。
 誠司は咥えていた煙草を携帯灰皿に押し込んで、元の通りの中へ足を踏み出した。

 笹木家のある住宅街から数ブロック離れたところに、国立大学のキャンパスがある。
 主に農学部の施設が集まっている敷地内には、牛やヤギが飼われていて小さな牧場のようになっている一角があった。当然、近所の子供達に
とっては人気のスポットで、比較的出入りが自由なこともあり、京香も以前から笹木家の子供達と一緒によく遊びに行っていた。
 また、そこへ行くまでには、行き止まりの道のコンクリート塀をよじのぼったり、壊れかけた木戸をくぐりぬけたり、何処かの会社の、何に使うのか
よくわからない大きな荷物がたくさん置いてある資材置き場を通り抜けたりと、道のりも冒険がいっぱいだった。
 なかでも一番スリルがあるのは、大学の敷地に入ってから、途中で犬が何匹も収容されている小屋の前を通る時だった。二階建てになっている
木造の小屋は手前だけが金網張りになっていて、誰が通りかかっても凄い勢いで犬達に吠えられまくってしまうのだ。
 これはかなり怖くて、男の子達の肝試しルートにもなっているほどで、気の小さい子や女の子達はこの場所を避けて、遠回りする別の道を使っていた。
「ほ、ほんとに行くの?」
「大丈夫だよ。さっと走り抜けちゃえばすぐだから」
 いつもなら真奈もここには寄り付かないのだが、今日は三人一緒にいるせいか、突破する勇気が出たようだ。
「やっぱ京香ちゃんは違うよな。真奈姉(ねぇ)ときたらまったく弱虫なんだから」
 早く遊びに行きたいのに、毎度“絶対、ここは通らない”と頑張る真奈のせいで普段遠回りを強いられている巧実は、ここぞとばかりに言い立てる。
 京香はその気性と柔道を身につけていることで、男の子の巧実からも慕われていた。「強いし、そこらへんの女みたいにやたらにきゃーきゃー言わないし、
めそめそしないし、虫や魚をやたらに嫌がったりしない」ところがいいのだそうだ。真奈は生き物は好きだが、いかにも「女の子らしい」といわれる性向を
持っていたし、夏美は歳が離れすぎているので、巧実にとっても京香はいい遊び相手になっていたのだった。
「さー、行くぞー・・・」
 小屋の前にさしかかった三人は、「せーの」で一斉に駈け出し、やはり盛大に吠えられながら、何とか問題の地点を突破した。
「あ〜、怖かったー」
 真奈は胸を撫で下ろし、実は怖かったものの無事通り抜けてほっとした巧実は、平気な顔をして京香に話しかけた。
「明日の朝は青羽神社に行ってセミ取りする? それとも林王寺の池でザリガニ釣りしようか」
「うーん、どっちがいいかなー」
「もう、やたらに何でもかんでも取ってくるのはやめなさいよー」
 真奈が文句を言った。
「なんだよ、いいじゃん」
「あんたが春にバケツいっぱい取ってきたおたまじゃくし、こないだ庭でひっくり返して全滅させちゃったじゃないの」
「あれはおれのせいじゃないよ!! 知らないうちにああなってたんだ。誰かがあそこ通ろうとして蹴飛ばしたんだろ? 誰だよ、もう・・・」
「だとしても、そんな蹴飛ばされるような場所に置いといたあんたが悪いんじゃない」
 目的地に到着したので、口喧嘩はそこまでになった。
「わー、かわいい!!」
 京香は歓声を上げた。ちょうど牛の親子が柵の中に放されているところで、白黒模様の子牛が親にまとわりついている様子はなかなか愛らしかった。
「今日はヤギはお休みみたいねー」
 真奈がちょっと残念そうに言う。
「おれ、あっち見てくる」
 じっとしていられないらしい巧実は、一人で向こうの草地の方へ走って行った。
 ひとしきり子牛を眺めて楽しんだ後、真奈はおしゃべりの途中でふと顔を曇らせて、小さい声になって言った。
「そうだ。あのねぇ、京香ちゃんも気をつけてね」
「え、どうしたの?」
「最近、近所に怖い男の子が歩いててね。うっかり見つかると大変なの」
「ええ!? どういうこと?」
 京香がつい大きい声を出したので、真奈は慌ててそれを抑えるようにした。
「しーっ。・・・まだお母さんや夏美お姉ちゃんには言ってないんだ。心配するといけないと思って」
「誰なの? どんな奴?」
「名前は知らない。すごく身体の大きな子でね。上級生か、もしかしたら中学生かも知れない」
 真奈はうつむいた。
「ニヤニヤしながら近付いてきてね、変なこと言うの。『お前、笹木ン家の子だろう。話があるからちょっと来い』って・・・」
「話って?」
「わかんない。もう少しで捕まるところだったけど、その時はちょうど大人が通りかかったから、その間に走って逃げたの」
 思い出しただけで怖いのか、泣きそうな表情になっている。
「巧実もおんなじことがあったんだって。その時は・・・ あっ」
 真奈は向こうの方を見て、表情を強ばらせた。
 京香が振り向くと、牧場から教室棟へ向かう道の途中で、一人の少年が巧実の腕を掴み上げているところだった。
 巧実は何か言われたことに抵抗しているらしく、激しく首を振っていたが、少年は意に介さず、脅すような表情をして手を振り上げた。
「!!」
 それを見た途端、京香はそちらに向かって走り出した。


                                        <第1回 了>




★コメント

 ・2万キリ番リクエスト「所長主役の話」、ようやくのお届けです。大ーーーーーっ変、お待たせしました(ぺこ)。
  ちょっとだけ若い所長&小学生京香さんのお話になります。

 ・この物語はフィクションです。実在する人物・地名・団体・企業とは何の関係もありません。
  どっかで聞いたよーな地名とか、似たような建物とか土地を知ってると思われたらそれはきっと気のせいですよ〜(笑)。

 ・まだ事件の気配しかしないくらいでごめんなさいです。
  でもこの先、区切りのつくところまで書こうとすると、多分年内に間に合わなくなっちゃいそうでしたので・・・
  さすがにリクエストから年越しはまずいかと(大汗)。とりあえず、手付金払い(?)な感じで。すみませんー。
   

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