☆ MP union 鳴海京香お誕生祭 参加作品 ☆
7月2日。 「おはようございま… わっ!?」 出勤してきて事務所の扉を開けた恭介は、思わず叫び声をあげた。 「どっ… どうしたんですか、これ」 デスクの上はもとより、テーブルの上にもTV台にも、溢れるほどの花束が並んでいる。 百合、バラ、ガーベラ、カーネーション、かすみ草… 多いのは百合と白バラだろうか。 一番大きな花束は、デスクにかろうじてそれだけ花瓶に入っていたが、後は適当に、くくられたり、下手するとばらけたまま 横に置かれたりしていて何がなんだかよくわからない。よく見ると床にもバケツが置いてあって、そこにも山ほどの花が 投げ入れられていた。事務所の中は花の香りでむせ返りそうだ。 「こりゃたまらんわ…」 げんなりした顔でソファに寄りかかっていた誠司が、指先に火の点いていない煙草を挟んだまま立ち上がった。 「あ、おはようございます所長。あの、これは」 「誕生日プレゼントだとよ。―― 外でタバコ吸ってくるわ。青少年、後は任せた」 恭介が開けた扉からするっと抜け出していってしまう。 「任せたって…」 「真神くん、来たのー? ちょっと助けてー!」 「京香さん!?」 給湯室にいるらしい。恭介はそこら中の花束をうっかり引っかけないよう気を付けながら何とか中へ踏み込み、給湯室を のぞいた。 「…… うわー………」 小さなシンクは排水口を塞いで水を張ってあった。そこにもやはり花束の山が浸かっていて、その前で両手を腰に当てた 京香が困り果てた顔をしていた。 「もう、どうにもならないわ、これ。花瓶は一つしかないし、どうしたらいいのかしら?」 「あの、そもそも何でこんな事になったんですか?」 恭介が尋ねると、京香は溜息をついてポケットからグリーティングカードを取り出した。 「見ていいんですか」 「うん……」 受け取って広げてみると、こんな事が書いてあった。 『貴女がこの世界に生まれた日に祝福を。 ―― 嘉納 浩司』 (こ、浩司さん……) 背中に冷汗が流れた。以前から彼が京香に思いを寄せていた事はある程度知っていたが、ついに本気で攻略に かかったらしい。 「ごめんくださーい。LCエクスプレスでーす」 扉の外から呼びかける声がする。 「あ、はーい!」 京香が首をのばして返事をする。 「俺、出ましょうか」 「ううん。多分私宛てだから。…朝からずっとこの調子なの」 「そ、それは…」 何と言ったらいいのか。口ごもった恭介はとりあえず脇へ退いて道を開けた。 そこから給湯室を脱出した京香が宅配便を受け取りに出る。 「ありがとうございましたー」 手渡されたのは、花束ではなく平たい紙箱のようだった。幅と大きさがあるが、京香の手付きを見るとあまり重くは ないらしい。 唯一スペースの空いているソファの上へ下ろすと、二人でその箱をなんとなく眺める。 「今度は何かしら…」 ちょっと迷った後、意を決したように京香は包装紙を外し始めた。 「えーと、それもやっぱり」 「うん、国際宅配便。浩司さんから」 「…………」 箱のふたを開くと、まず封筒とカセットテープが現れた。取り出して中身を読んだ京香が、ほっとしたように微笑む。 「潤ちゃんからのメッセージだわ。お祝いの曲を入れたテープを送りますって。―― え?」 「…どうかしたんですか」 続きを読んだ京香の表情が再び怪しくなる。 「“同梱の洋服は兄さんからの贈り物です”だって…」 「え!?」 箱の中の薄紙をさらに取り除いてみると、白とブルー系統ですっきりとまとめられた品の良いドレススーツがあらわれた。 「あ、これ…」 京香が或る欧米のブランドの名前を口にする。落ち着いたデザインだが、センスと質に定評のあるメーカーのものだ。 (浩司さん、いつ京香さんの服のサイズチェックしたんだろう…) 頭が痛くなってきた。 その時、事務所の電話が鳴り出した。同時に扉の方でまた呼ぶ声がする。 二人で慌てふためき、咄嗟に京香が電話、恭介が荷物をそれぞれ取りに出る。 「はい、鳴海探偵事務… Hellow?」 「ナカノフローリストです。お届け物にあがりました」 「ご苦労様です」 つい今しがた京香が使ったばかりの印鑑を借りて伝票に捺しながら、恭介はちらっと背後を見やった。あれは国際電話 だろうか。だとしたら、もしかして… 今届いた小さなカゴ入りのブーケをそっとTV台の上にのせて、デスクの方を振り返る。 案の定、困った顔半分笑顔半分で京香が話している相手は。 「……ええ、届いてます。潤ちゃんのテープとドレスも。…はい、本当にありがとうございます、浩司さん」 『俺は不調法で女性の服がよくわからなくて。あのドレスはミセス・サンディと潤に手伝ってもらって選んだんですよ』 「まぁ、そうだったんですか? お二人にもよろしく言ってくださいね。あ、潤ちゃんはそこにいるのかしら」 『ええ、いますよ。――今度こちらで潤のCDを出す事になったんです。リリースされたらまたお送りしますね』 「本当ですか!? おめでとうございます」 ・・・・・・ 電話が続いている間、する事のない恭介は花だらけの室内を見回して思案した。 (どうしたって置ききれないよな、この量は…) といって、このまま放っておいたら全部しおれてしまう。 (せっかくお祝いなんだし… あ、そうだ) きちんと包まれている束を二つほど取り、恭介は 「ちょっとスピリットに行って来ますね」 と言い置いて事務所を出た。――救いを求めるようにこちらを見る京香の目は気になったが、こればかりは どうしようもなかった…… 花束を抱えて歩くのはなんとなく気恥ずかしいが、どうにかとおば東通りを抜けてスピリットに到着した。 幸い、店の扉は開いていた。その外側には「本日貸切」の札が下がっている。――今夜ここでいつものメンバーが集まり、 京香の誕生パーティーを開く事になっているのだ。 「こんにちは、マスター」 入ってきた恭介の様子を見て、かおるは目を丸くした。 「早いですね、真神くん。――それはどうしたんですか?」 カウンターの止まり木に腰掛けていた誠司が舌打ちする。 「なんだ、持って来ちまったのか? せっかく避難してきたのに」 「だってあれじゃ事務所の中がどうにもならないですよ。……すみません、マスター。何か大きな花瓶とか飾り台とか あります?」 事情を説明すると、かおるは微笑んで頷いた。 「開店祝いなんかで使う生花用のスタンドが裏に置いてあったと思います。それを使いましょう」 「すみません、助かります」 「いいえ。今日は京香さんのお誕生会なんですから。ちょうど良かったですね」 かおるに花束を預けると、恭介はほっと息をついた。 「…まだあるんですけど、もう少し持ってきてもいいですか?」 「ええ、大丈夫ですよ」 俺の居場所がなくなる、と誠司がぼやいているのを後にして、恭介は花を取りに事務所へ引き返した。 それからスピリットと事務所を二往復くらいしたあとで、花の群れはやっと片付いた。 スピリットに飾れるだけの花を飾り、事務所に残った分はかおるから古い氷入れや大きめの空き瓶などを 譲ってもらって何とか全部水に突っ込んだ。 その後テーブルや床に散らばった花びらや葉っぱ、花粉などのために時ならぬ大掃除になってしまった。 仕上げにデスクを拭き終わると、無事、水槽状態を脱した給湯室から京香がお茶を入れて持って来てくれた。 「真神くん、お疲れ様」 「あ、すみません京香さん」 掃除の間は窓を開けていたせいか息が詰まるほどではなくなったが、花の香りは相変わらず漂っていた。おかげで 湯呑みを口に運んでもお茶の味がよくわからない。 (なんか、ハープティーを飲んでるみたいだ…) そんな事を考えていると、京香の様子が妙なのに気が付いた。 こちらにちらちらと視線を投げるのに、見返すと目を伏せてしまうのだ。 「…? どうかしましたか、京香さん」 「…………」 なおも京香は目を逸らしていたが、恭介に声を掛けられると、下を向いて早口で喋りだした。 「あの、あのね。プレゼントってね、量とかお値段とかじゃないと思うの!」 「?」 そんなに浩司のプレゼント攻撃がこたえてしまったのだろうか。…逆効果になったとは気の毒な―― 「一つでも、小さくても、そんな事に関係なく立派な贈り物だし。ううん、一番大事なのは気持ちよね!」 「…あの、京香さん?」 「だから、その……」 そこで京香はようやく目を上げた。 「ありがとうって――」 「…………」 お礼を言ってもらえるのは嬉しいのだが、いかんせん心当たりがない。 「…俺、何しましたっけ」 情けないが、そう答えるしかない。 すると京香はきょとんとして、 「え、だってこのお花、真神くんでしょ? こんな事になったから言い出しづらいのかと思って、私」 「はい?」 見ると、京香が手を伸ばしてデスクから取り上げたのは、一番最後に届いたブーケだった。夏咲きのスイートピーが 両手で囲んだほどの小さなカゴの中でいっぱいに開いている。 「残念ですが、違いますよ」 恭介が用意したプレゼントは哲平や奈々子と共同で、お金を出し合って買ったアクセサリーだった。それは今夜スピリットで 渡す手筈になっている。 「でも、このメッセージカード…」 困惑した顔の京香が、カゴの取っ手にくくりつけられている3センチ四方ほどのカードを示す。 『お誕生日おめでとうございます M』 「!!」 「いま私の周りでイニシャルがMなのって真神くんだけでしょう。違うって、それじゃ誰が……」 言いかけて京香も気付き、手で口元を抑える。 恭介は伝票を掴んで立ち上がった。 『毎度ありがとうございます、ナカノフローリストです。…はい。…はい、少々お待ちください。 ――ええ、確かに注文されたのはその方です。ご注文日は昨年の9月ですね。――当店では、アニバーサリー用の 長期予約を承っているんです。毎年のお誕生日ですとか、結婚記念日などですね。市内では唯一のサービスと なっておりますので、おかげさまでたくさんの方にご利用いただいております。…いえ、このご注文は今年1回限りですね。 …はい、ご注文の際既に代金はいただいております。よろしいでしょうか。…それでは、またのご利用をお待ちしております』 (馬鹿だな、森川…… 自分で言えばよかったのに――) スイートピーの花言葉は、【優しい思い出】、そして【別離】。 初めてで、そしてこれっきりの贈りもの。 京香は目に涙を浮かべて花かごを見つめ、やがてその中から一輪をそっと手に取った。服の胸元にそれを留める。 「ありがとう、森川くん……」 呟いて胸元に手を添え、目を上げて窓の彼方を見た。そこにいる誰かに呼びかけるように。 「今日はずっと、こうしておくわね――」 その日一日中、スイートピーの花は京香の胸から彼女を見上げて揺れていた。 |
★コメント ・初めて森川に言及しました。こ、怖かった… 如何なもんでしょうか。 ・時間的には6話より後という設定になっています。 ・とりあえず「祭」では他の方とネタが被らなかったのでひと安心しました… ・浩司さんが開き直ったらこんなかなと思ったんですが、お金は…あったのかな。(笑) ・誕生花とか花言葉って、出典によって全然違うので、強制解説付きにした方が無難そうです。 ・スイートピーは現在春の花として一般的ですが、原種は夏の花だそうです。 ちなみにアメリカだと7月の誕生花だとか。(日本だと7月はユリらしいですが) |
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