☆ MP union 真神恭介誕生祭 参加作品 ☆
Theme 30:生と死
「・・・そろそろ、電気つけようか」 布団の傍らに控えていた恭介がそう言って顔を上げると、ふと気付いたように向こうを見た。 窓のところに立って行って外を眺めながら 「雪が降ってきたよ」 と言う。 「ほう、そうか」 こちらが身体を起こすと戻って来て半纏を着せ掛けてくれる。 「寒くない?」 「いや、大丈夫だ」 ここからだと空の上の方しか見えないが、灰色からさらに暮れかけている背景に白いものが次々舞い降りているのはわかる。 「移動日が昨日で良かったね。この天気だと外へ出るのは大変だし」 「そうだな」 病院から外泊の許可が出て久し振りにこの家へ帰って来たのは昨日のことだ。 孫と祖父、二人だけの家族の事とて、恭介は仕事を休んでこちらに付き添ってくれている。 その代わりと言っては何だが、こちらも少々内緒で手配を頼んでおいた物がある。そろそろ届く頃だと思うのだが。 しばらく黙って雪を見ていると、玄関のインターホンが鳴り、続いて聞き覚えのある声が響いてきた。 「え、キンタ?」 恭介が不思議そうに振り返る。 「ああ、上がってもらいなさい」 と言うと、こちらに訝しげな目を向けてから部屋を出て行く。 やがて玄関でひとしきり賑やかな会話がして、そのまま廊下から足音が近付いて来た。 「こんちはーっ。ご注文品を配達に来ましたよ」 元気のいい声と共に、お馴染みの顔が登場する。 「おお、年寄りの我儘を聞いてもらってすまなかったなぁ」 恭介はこちらと友人を見比べて呆れた顔をする。 「何か用があるなら俺に言えばいいのに・・・人の友達使って何やってるんだよ」 「まぁまぁ。オレはここん家には一宿一飯どころじゃない恩義があるんだからさ。これくらいお安い御用だよ」 入ってきたキンタ君はかなり大荷物だ。どう見てもこちらが注文したより量が多い。どうやら他からも請け負ってきた物が あるようだ。 「まず、こちらがご注文の品」 と言って取り出したのは一升瓶だった。 恭介が溜息をついて頭を振る。ラベルを見ればこちらの好きな銘柄だということなど一目でわかってしまう訳だが。 キンタ君が弁護してくれる。 「せっかく帰って来てるんだからいいじゃないか。それにほら、こっちはみんなお前にだぞ」 「俺?」 床に置いた幾つもの袋の一つから、明らかにケーキが入っているとわかる大きな箱を取り出し、満面の笑みで恭介に 手渡してくれる。 「誕生日おめでとう、KYO」 「えっ!?・・・・・・」 思わず受け取った恰好のまま、恭介は目を丸くしている。 「忘れてたわけじゃないだろ? 自分の誕生日」 「あ・・・ええっと――ちょっと忘れてたかも」 そう答えて苦笑されていた。 「ま、KYOらしいけどな。こんな時だから、みんなからプレゼントだけ預かってきてオレが代表で渡すことになったんだ」 「それはご苦労さんだったなあ。またすぐこの寒い中を帰るのは大変だろう。せっかくだからこれで温まっていかんか」 酒の方に目を向けて、恭介に人数分の燗を頼む。 「あ、いいっす、お構いなく。これだけ置いてすぐ帰りますから」 恭介は立ち上がろうとした友人の肩を抑えつけた。 「座ってろよ。・・・大体こんなでかいケーキ、俺とじいさんのふたりでどうしろっていうんだよ。代表の責任とってお前にも 割り当て分食っていってもらうからな」 恭介が台所へ行ってしまうとキンタ君は困った顔をして言った。 「すいません、オレお邪魔じゃないですか? あの酒だって二人で飲むための奴だったんでしょう」 「祝い事の席は一人でも多い方がめでたいもんだ。遠慮は要らんよ。君も半ばうちの家族みたいなものだからな」 そう答えると、夕餉の常連君は目を伏せてこちらに頭を下げた。 しばらくして恭介が酒や肴や取り分け用の皿などを載せた盆を持って戻って来た。 キンタ君に音頭をとってもらって三人で乾杯し、ささやかな宴を始める。 こちらはそれほど飲み食いできる体調でもないので、盃一杯をじっくり味わいながら若い者の話を楽しませてもらうことにした。 「・・・なぁ、燗した日本酒とデコレーションケーキって、なんかすげぇ悪酔いしそうなんだけど」 「どっちもお前が持って来たんだ、文句言うな」 「オレが選んだわけじゃないって!! これは」 「うりこだろ」 「――ご明察」 「他に誰がいるんだよ。っていうより誰も止めなかったのか? 那須は一緒じゃなかったのか」 「いたけど、『お誕生日には、まずバースディケーキでしょ』って言われてみんな反論できなくてさぁ」 「・・・しろよ、頼むから・・・」 恭介は頭を抑えて呻いた。 さきほどケーキを切り分ける前、キンタ君は言いつかったからとわざわざ添えられていた恭介の年齢分、23本のロウソクを 立てて火を点けようとしたのだが、本人は断固としてやめさせていた。 『布団の傍なんだから火気厳禁』と言われては仕方ないが、 本音はおそらく照れくさかっただけだろう。 もっとも、お返しに「KYOおにいちゃん おたんじょうびおめでとう」と書かれた大きなチョコ レートの板を、自分の取り皿の上に どんと置かれていたが。 「チョコって云えば、もう何処のコンビニにもバレンタイン用のチョコが並んでるよな」 「あ、そうか。スーパーに特設コーナーが出来てたから何だろうと思ってた。・・・でも、まだ半月も先じゃないか?」 「ああいうイベントものは早くから準備するもんなんだよ。クリスマスなんかひと月以上前からやるだろ」 「まぁそうだけど」 「・・・小学校の頃はオレの方がもらったチョコの数多かったのに、高校になったらいつのまにかKYOの方が多くなってたんだよなぁ」 「なんだよそれ。別に、義理チョコだろ。うちのクラスは文系だったから女子が多くて、全員クラス内の男子にはくれるようになってたんだから」 キンタ君が意味ありげな目付きをした。 「他のクラスからも来てたろ。・・・上級生とか」 「え、あれは・・・っ」 恭介は明らかに動揺している。・・・誤魔化すのが下手な奴だ。 「なんで知ってるんだお前」 「ふっふっふ、オレ様の情報網を甘く見るなよ。――お祖父さん、聞いてくださいよ。こいつってば高2の時・・・」 「わ〜っ!! キンタ、やめろっ!!」 「なんでだよ。もう時効だろ」 「絶対駄目!!」 わいわい騒いでいるのを横目に溜息をついた。 「やれやれ、結構調子のいい事を言うくせに、いざとなったら奥手なのは変わらんのか」 「・・・じいさん・・・」 恭介は世にも情けない顔をし、キンタ君は口笛を吹きそうにした。 「さっすが、お見通し」 ――詳細はともあれ、大筋はそういうことだったらしい。 「先が思いやられるな・・・」 「大丈夫です。何かあってもオレなら長い付き合いで慣れてるし、こいつに付いてますから」 「すまんなぁ。よろしく頼むよ」 このやり取りを恭介はなんともいえない表情で聞いていた。 「――へぇ、KYOって病院で生まれたんじゃなかったんだ」 別の話のついででタンスの奥から取り出された恭介の母子手帳をめくりながら、キンタ君が珍しそうに言う。 「うん、そのころ近所にじいさんの知り合いでベテランの助産婦さんがいてさ、そこで世話になったって」 恭介が空いた皿を片付けながら答える。 「そう云えばあの小母さんにはずいぶん面倒見てもらったっけ」 「生まれるまで何かと心配事が続いたもんで、いちいち遠くの病院に行くより安心だったからなぁ。無事生まれて母子共に元気だと わかった時はほっとしたよ」 それも事実なのだが、母親が何故か病院に行く事を怖がっていた・・・というのは話さなかった。 「・・・あれ? この記録、途中からしか書いてないけど」 母子手帳には普通出生時の記録や担当の医師・助産婦名などの他に、妊娠中の経過や生まれてからの成長を記録する欄もある。 が、恭介のそれには妊娠初期から中期の記入がない。 「ああ、なんかあった時に前のを失くしちゃったらしいよ」 「なんかって?」 「・・・何だったっけ」 若者二人に尋ねる目を向けられて、仕方なく答える。 「あの時が一番大変だったよ。引っ越し直前で、母さんがあやまって水に落ちてしまってなぁ」 「えー!! そ、それで大丈夫だったんですか!?」 キンタ君が声を上げると、恭介がその頭を小突いた。 「大丈夫じゃなかったら此処にいる俺は何なんだよ」 「あ、そうか。・・・しかしお前って生まれる前からそんなだったんだなぁ」 「他にもいろいろあった事を思うと、ここまで無事に育ってくれたのは全くめでたいことだな」 そう言うとキンタ君がうんうんと頷き、 「いや〜、同感ですよ。こんな大人しそうな顔した奴がどうして肝が据わってるかと思ってたら、付き合って納得しましたね。これだけいろんな 出来事に遭うんじゃそりゃ度胸の一つもつくだろうと・・・」 「どういう言われようだよ、それ」 恭介は文句をつけていたが、自覚があるのかそれ以上反論しなかった。 苦笑して仏壇の方を見る。 ――息子夫婦を亡くした後、事故に不審な点があると知らされる前から、もしや次はこの子に何か起きるのではないかと気が気ではなかった。 その後も長いこと不安が消えなかったのだが、あれが何者の仕業だったにしろ、この子の生命まで奪うつもりはなかったらしい。 或いは、こちらが事故の原因を追求しなかった事で手を緩めてくれたのかも知れないが・・・。 諦めたくはなかったが、恭介の命を守る事を優先したあの頃の選択に後悔はしていない。 間もなく逢えるだろう息子達も、きっとその事は赦してくれると思う。 「すいませんでした。すっかり長居しちゃって」 しばらくしてキンタ君が辞意を告げて立ち上がった。 「なに、おかげで楽しかったよ。こちらこそ引き留めてすまなかったな」 「いえ。それじゃ、また病院の方にも顔を出しますから」 「みんなによろしく。あ、傘は持ってきたか?・・・」 恭介も玄関まで見送りに出て行く。 ――急に静かになった部屋で、ひとり息をついた。 二十数年間この家でひっそりと暮らしてきた。古びてはいるが、これが見納めだと思えば感慨は尽きない。 ・・・外泊が決まった時、恭介が担当医師に呼ばれていた。おそらくこれが家に帰る最後の機会だと言われたのだろうことは、聞かずとも この身体の感覚で判る。 我が身の覚悟はしても、恭介を一人で置いて行くことになるのが気掛かりでならない。 その心残りだけは消えるものではないが、こちらの手が届かなくなった後の事はあの子自身に任せるしかない。幸い良い友人に多く 恵まれている。彼等も助けてくれるだろう。 恭介。 父さんと母さんがいなくなってから、お前が無事に成長することだけを願ってきた。 同時に、万一こちらに何かあった時の為に一人で生きていけるよう早くからあれこれと教えもした。爺馬鹿だが、本当に良い子に育って くれたと思う。 お前を守って過ごしてきたつもりだったが、それがなければ息子夫婦をなくした落胆のうちに早く老け込んで、この歳までは生きられなかった かも知れない。お前の方こそこちらを守ってくれたのかも知れないな。 お前という孫を与えてくれた母さんには心から感謝している。助けることが出来て本当に良かった。それにお前が生まれたあの日、どんなに 嬉しく、また家族皆でどれほど喜んだことか。 ――そして、普段は忘れていても、この胸の奥で微かな棘のように触れるもの。 きっとお前はあの事故の真相を追うのだろう。しかし二十年の歳月は大きい。お前がそれを知る日は来るだろうか。 そしてもう一つの秘密を、今となっては他に知る者のない、しかしお前にとっては大きな事実を誰にも告げずにこのまま墓に持っていく。 そのことを赦してくれるだろうか。 母さんをこの家に迎えた時、既にお前は彼女の中に宿っていたということを。 ・・・いや、むしろそれはこちらの意地かも知れないな。血の繋がりがどうあろうとも孫と祖父で居たいという。・・・ カーテンの向こう、雪の降る窓の外からあの子達の声が聞こえてくる。 人生の四季のうち、玄冬を迎えたこちらは間もなく此処を立ち去り、次には彼等が青春の時を生きてゆく。 今はただ静かに祈ろう。 たとえ春の嵐に遭おうとも、お前達の季節に明るい光があるように。 【了】 |
★コメント :MP愛好会様の「真神恭介誕生祭」に提出した作品です。 構想自体は前年の12月中からできてまして、その時からこの「30のお題」に入れさせていただこうと思ってました。 誕生祭作品のうち、主役のだけこちらに置くことになりましたが・・・ どうぞご容赦ください。 恭介のお祖父さんが語り手という設定ですが、あまり台詞回しがそれらしくならなかったかと(汗) 違う年代、特に上の世代の方の言葉づかいって難しいですね。・・・精進します・・・ 時期としては、ゲーム本編の年の1月になります。このあと何ヶ月かしてから、恭介は遠羽市に引っ越すわけです。 恭ちゃんの過去ネタは例によって捏造しました。もし本編に違う記述があったらごめんなさいです・・・ 特に、お父さん同様このお祖父さんもほとんどデータがないんで、どんな人だったのかな〜といろいろ考えます。 お母さんを引き取って親戚の戸籍を使わせたりなんていうあたり、かなり只者ではなかったんではという気が するのですが。 それだけの人だったのに、何故あの事故についてもっと追求しなかったのか・・・という理由が、今回これを書いて はじめて自分の中から出てきて、納得してしまいました。 母子手帳については自分でもらった時のことをすっかり忘れてしまってたので(汗)、どうやったら貰えるのかを 調べ直しました。 医師の証明書が必要な所が多いみたいですが、自治体によっては自己申告だけでいいという場合もあるようです。 恭ちゃんの場合、助産婦さんの手助けもあってその辺うまく再交付してもらったということで。 え〜っと、一応「玄冬」という言葉はですね、「青春」「朱夏」「白秋」と組になってるあれのことです。 厳密にいうと7、80代のお祖父さんはともかく、恭ちゃん達の年齢はこれを使って正しいのかなとちゃんと確認とって なかったりしますが(汗)、そこは「冬から春へ」、生命のゆずり葉、つながりっていうイメージで「青春」を使いたかったので。 ・・・言葉は正しく使わないと。し、精進しま・・・(こればっかし) |
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