☆ 2005年 年頭ご挨拶短編 ☆


    Thank you for・・・


 大晦日の夜、年越しの食卓はご隠居宅にお呼ばれする事になった。
 潰されないで済んだのは、成美さんが早くから出来上がっていたので先に寝てしまってくれたおかげだ。

 座敷から引き上げた後は哲平の部屋で唯ちゃんの出ている番組を一緒に見た。
 それも終わった頃、さてどうしようかと思っていると
「恭ちゃん、せっかくやから夜の散歩ついでに初詣でも行かへんか」
と哲平が言い出した。――何が「せっかく」なのかはわからないんだけど。
「うん、出かけるのはいいけど・・・」
「え、なんかあかんの?」
「うち、じいさん亡くなってまだ1年経ってないから一応喪中になると思う」
「あ、そぉか・・・ 年賀状だけやのうて初詣もあかんのか?」
 俺はちょっと考えた。
「確か、鳥居はくぐっちゃいけないと云ってたと思うんだけど」
「へー、恭ちゃん物知りやなぁ。鳥居はあかんちゅうことなら、寺ならええんか」
 どうだったかな。その辺、よく覚えてない。
「お墓参りはいいらしいけど」
「・・・今から恭ちゃんちのお墓行くんは無理やと思う」
 そりゃそうだ。
「――お寺はいいって事にしとこうか」
 夏に約束した墓参は結局、忙しさに取り紛れてまだ実現していない。両親の事も含めて事件が解決したこととか、ペンダントのこと、思いがけなく家族が
見つかったこと、報告したり感謝したい事はいろいろある。
 お寺に参るのを通じて、あちらに報告してみたいな、とは思う。
「大丈夫やって。仏さんて心ひろいんやろ?そのくらいの伝言はきっとしてくれはるわ」
 哲平が笑顔でちょっと茶化しながら言う。
「そうだな。じゃ、行こうか」


 確か市内の南の方に正月のお参りができる寺があったということで、俺達は取りあえず駅方面へ向かって歩き出した。
 こんな夜中だけれど、さすがに今日は大通りもたくさん人が行き交っていて賑やかだ。
「いつも初詣ってしてたのか?」
 並んで歩きながら哲平に聞いてみる。
「んー、まぁお参りっちゅうよりは出店とか振舞い酒目当てに出歩いてたっちゅうか」
 哲平は頭を掻いた。
「・・・実はな、明日っからご隠居に年始の挨拶に来るお客さんがぎょーさんおるんで、当分家から出られそうにないねん。そやから今のうち出かけとこと
 思うて」
 ご隠居の所に挨拶に来るお客さんって、やっぱりその筋の人達なんだろうなぁ。
「大変そうだな」
「そやろ? こんなん初めてやし、むっちゃ緊張するわ。まぁオレはちょこっと手伝いするくらいやけど、エラい人ばっかりやから、失礼にならんよう
 気ィつかわなあかんし」
「・・・頑張れよ」
 肩を叩いてやると、なんだか唸っていた。
 ――そういうことなら、出てくる事にして良かったな。


 広い階段のある大きな建物の前に出たので、確かめてみると中央市立会館だった。「市民による年越し第九演奏会」と書かれた大きな看板が入り口の
横に立っている。
「へぇ、こんなものやってたんだ」
 元の街にいた時、友人の誰かがやはりこういうものに参加していたのを思い出す。ももこ、だったかな。
「なんや、これ」
 俺が看板を眺めていたのに気が付いて哲平が聞いてくる。
「オーケストラと合唱だよ。“ベートーベンの第九交響曲”で略して“第九”。よく年末にやるんだ」
「・・・オレには縁がないもんやなぁ」
 まぁ、クラシック音楽に興味がなければ大抵そうなるんだろうけど。
「前に知り合いがやってたんで、一度聞きに行ったことがあるよ」
「うへぇ。恭ちゃん、眠くならへんかったんか?」
「・・・途中でちょっとだけな」
 合唱の入る第四楽章の始めは大音量になるから、絶対目が覚めるんだけど。
「よぉできんなぁ、そんな事」
 哲平が妙な感心の仕方をするので笑ってしまった。
「聞く方はともかく、大声で思いっきり歌うのって気持ちが良いらしいぞ」
 だから、一度やったらハマるのよ! なんて力説されたっけ。
「せやったらオレはカラオケで充分や。わざわざんな難しい事せんでも」
「まぁ、これはドイツ語だからなあ」
 建物の前を通り過ぎてしばらくして、除夜の鐘が聞こえてきた。
「お、もうすぐみたいやな」
「うん」
 周囲にもお参りの行き帰りらしい様子の人達が見える。
「恭ちゃんは、仏さんに伝言頼んだら、あと何お願いするん?」
「え?」
 いや、仏様に伝言頼もうっていうだけで、もういっぱいなような気がするんだけど。
「そうだな、あと祈るとしたら――皆が無事で元気に過ごせますように、かな」
「ええ子の恭ちゃんらしいお祈りやな。けど・・・ほんま、そうやな」
 真顔になって哲平が呟く。
 ありふれた願いだけれど。生きている限り避けられないものではあるけれど。
 ――できるだけ、もう、誰も、傷ついたり苦しんだりする事が少なければいいと思う。


「・・・それで、お前は何をお願いしたんだ?」
 お参りを終えて参道を引き返しながら、俺は哲平に聞いてみた。
「それは内緒☆」
「人のは聞いといて自分のは言わないのか」
「まー大した事やないし。気にせんで行こ、なっ?」
 こいつは・・・。でもなんか横顔が照れてるみたいだし、いいか。無理に聞くこともないだろうし。
「オレみたいな不信心もんのお願いなんか叶えてもらえるかどうかわからへんしなー」
「うーん、仏様は衆生を救う義務を自分に課してるからまだありかもと思うけど・・・ でも、現世利益を神仏に求めるのは元々間違ってるような
 気がするなぁ」
 そう言うと哲平は目をぱちくりさせた。
「・・・また難しい事考えてんな、恭ちゃん・・・」
「何かして欲しいと思うより、祈りの場、感謝を捧げる場として受けとめる方がいいんだと思うよ」
「ふーん? “ありがとうの心”っちゅうことか?」
 よくわからないという顔で呟かれる。・・・ちょっと唐突だったかな。それもお参りすませたすぐ後だっていうのに。
「ごめん、変なこと言って」
「いや、オレは別にかまへんけど・・・」
 そのまま何となく会話が途切れて、元の道を戻ってくる。
 市立会館まで来た所で、思い出した事があって口を開いた。
「そういえば、第九の合唱は“歓喜(よろこび)の歌”っていうんだけどさ」
「――ああ、そんなら昔、小学校の音楽の時間とかで聞いたことがあったかも知れんな。“第九”ってそれの事なんか」
「まぁ有名なのはね。それで、中にこんな歌詞があるんだ」

     真実の友を得た者
     心優しき女性を得た者は
     その喜びを共にうたおう

「・・・俺はさ、今年お前に出会えたこと、ほんとに感謝してる。神様にでも仏様にでもいいし、第九歌ったっていいんだけれど――でも、感謝するんなら
 やっぱりお前本人にかな」
 立ち止まって、正面から目を見て言うと、哲平は何故だかすぐにいつもの軽口で返してこないで、息を呑んでるみたいだった。

「本当に、ありがとう。・・・・・・これからもよろしくな」

 言ってから、ちょっと照れた。――やっぱりストレートすぎて恥ずかしいかな。
 そう思って視線を逸らすと、一拍おいて哲平が前から飛びついて来た。
 ・・・しまった、これがあったんだっけ。構えてなかったので少しよろける。
「――え?」
 抱きつかれた耳元で何か聞こえた。低い声だったのでよくわからない。
「哲平、今なんて・・・」
 やっと俺から手を放した哲平は、いつも通りの表情になってた。
「やー、嬉しいなぁ。やっぱオレら相思相愛やん」
「誤解を招く言い方をするなっ!!」
 それでなくても周りの通行人から不審の目で見られてるのに。
「こんな往来で告白する恭ちゃんがいけないんやんか〜」
「お前なぁっ!!」
 いたたまれなくなってきたので、早足になってその場を通り過ぎる。
 後ろから哲平の声が少し遅れてついて来た。
「恭ちゃん、ネタ振りするんやったら場所選ばんとー。こんなおいしいネタ振られてオレが見逃すわけないやん?」
「・・・うっかりしてた。以後心して忘れないようにするよ」
 歩く速度を緩めて、また肩を並べる。
 ちらっと横目で見ると、哲平の表情は鼻歌でも歌い出しそうにご機嫌だ。・・・久し振りに大きな突っ込まれどころ作っちゃったなぁ。
 溜息をついていると、こっちの顔を覗き込んで哲平が言う。
「なぁ、さっきの話やけどな。オレは欲張りやから、神さん仏さんに何か頼むんもそう悪くないと思うで?」
 俺が視線を返すと、哲平は片目をつむった。
「だって、願いが叶ったらやっぱり嬉しいやんか。そしたら“ありがとう”って気持ちも湧いてくるやろ」
「・・・そうだな」
 頷くと、哲平は笑って前を向いた。
「よーし、今年は幸先ええぞ〜。よっしゃ、張り切って行くでー!!」
 なんだか元気いっぱいで腕を振り回しながら、哲平が勢いよく歩きだす。
 俺も苦笑混じりでそれに続いた。――――


                                                                            【了】




★コメント

 ・2005年お正月企画(?)、年賀短編です。作中の恭介の感謝の言葉は、そのまま管理人からの気持ちでもあります。
  ――ありがとうございます。
 ・「第九」の日本語訳歌詞は、複数の関連サイトを参考にして書いてみました。特定のページからは引用していない事をお断りします。
 ・読み返してみるとなんだか三題噺みたいになっちゃったというか、知らない間に砂吐き話になっちゃったというか(汗)。
  いえっ、別に哲恭というつもりで書いたのでは・・・(段々声が小さくなる)。
 ・哲平の願いと台詞がなんだったかは、皆様のご想像にお任せします。作者からの想定は全くなしですので、どうぞご自由に。


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